【劇評】いいへんじ『われわれなりのロマンティック』|土佐有明
MITAKA “Next” Selection 26th
いいへんじ『われわれなりのロマンティック』
作・演出
中島梓織(いいへんじ)
出演
小澤南穂子(いいへんじ)、小見朋生(譜面絵画)/川村瑞樹(果てとチーク)、藤家矢麻刀、百瀬 葉、冨岡英香(もちもち/マチルダアパルトマン)、谷川清夏、奥山樹生/飯尾朋花(いいへんじ)
※本劇評はネタバレを一部含みます。千穐楽に見て書いたものですが、配信の予定もあるそうです。そちらで初めて作品に触れる予定の方は、ご注意ください。
“クワロマンティック”なる耳慣れない言葉が鍵概念になる作品らしい――いいへんじ『われわれなりのロマンティック』を観る前に知っていた情報は、その程度だった。むろん、クワロマンティックの定義も実相も知らなかった。でも、それでもいいと思った。下手に予断や偏見をもって観劇に臨みたくなかったからだ。終演後に調べたら、「自分が他者に抱く好意が恋愛感情か友情か判断できない/しないこと」というのがクワロマンティックの定義らしい。舞台には他にも、レズビアン、デミセクシャル、ポリアモリー、バイセクシャルなど、様々な性的指向の人物が登場する。当日パンフレットには、例えば「湯原千尋/飯尾朋花 ノンバイナリー。アロマンティック。パンセクシュアル」といった但し書きが登場人物ごとに添えられている。
だが、本作は特殊な人たちの特殊な物語ではない。登場人物9人中4人がシスヘテロ男性/女性というのは確かに実際の統計と較べたら少ないだろうし、複数の性的マイノリティをもった人物に目がいきがちかもしれない。ただ、もし仮に、先述したような性的指向の名称が本作に登場していなくても、作品自体の魅力は決して損なわれなかっただろう。たとえ性的マイノリティでなくても、人間は常に周囲との違和感や軋轢を覚えていたり、コンプレックスや外的/内的な傷を抱えているものだからだ。
かてて加えて、登場人物たちの特殊さが誇張されたり強調されてはいないところにも好感を持った。素朴で何気ない日常もしっかりと描かれているのだ。ゆえに、言い切りたい。本作は普遍的な人間ドラマであると。「時流に乗った」だの「今こういうのが流行りなんでしょ?」なんていう、未鑑賞者の雑な声も耳にしたが、それこそ予断であり偏見だろう。
なぜ、性的指向の名称を積極的に出したのかは分からない。看板は分かりやすく立てておいた方がいいと思ったのかもしれないし、そこから多様な性の有り方に関心を持ってほしかったのかもしれない。実際、筆者は関心を持った。その意味では、功を奏していたのだろう。買うか迷っていた『CREA』という女性誌を終演後、書店に寄ってレジに持っていったのは、もしかしたら筆者だけではないかもしれない(気になった方は検索を)。

実質的な主人公は永野茉莉(小澤南穂子)。大学進学と共に茨城から上京し、大学のフェミニズム研究会の新入生歓迎会に参加し、部室に居つくようになる。先輩の五十嵐明里(川村瑞樹)と出会った彼女は、女性の生きづらさについて語りあい、意気投合。更には、研究会に入ってきた男性・橋本蒼(小見朋生)と親密な関係になる。ふたりは互いにとって特別で無二の存在で有り続けるが、恋人同士ではない。でもかけがえのない存在である。つまり、クアロマンティックな関係だ。なお茉莉は仕事で彼女と出逢ったノンバイナリーの湯原千尋(飯尾朋花)とも深い関係になる。そして、フェミニズム研究会で茉莉と一緒だったレズビアンの松村理子(百瀬葉)は、蒼の紹介で知り合った司書教諭でバイセクシャルの佐藤香織(冨岡英香)に思慕の情を抱く。






性的マイノリティで本作を鑑賞したという人も少なからずいただろう。そういう話だと聞いて駆け付けた人もいたかもしれない。そうした人たちが自分の身に物語を引き寄せて鑑賞するのは自然なことに違いない。だが、本作は当事者以外にも「あ、なんだかこの感覚、分かるかも」と思わせる力がある。それは、性的マイノリティの葛藤や苦悩を推し量る想像力を、我々がもっているはずだからだ。そして、脚本・演出の中島梓織はその想像力を信じていたのだと思う。その態度は決して間違っていなかった。
デリケートでセンシティヴな問題であるがゆえに、それを扱う手つきは極めて繊細。リサーチにも相当な時間と労力を費やしたのだろう。脚本は実によく練り込まれていたし、ユーモアを交えた会話も軽妙で、俳優陣も奮闘していた。そして劇中のここぞというタイミングで鳴る、マリンバによるミニマル・ミュージック。スティーヴ・ライヒの初期作品からヒントを得ただろう、と言いたくなる音楽だが、実はライヒ的ミニマリズムはiPhoneの着信音に酷似していることに気付いた。中盤あたりで実際にiPhoneの着信音が流れたからだ。なぜ今までそんな単純なことを見逃していたのか――。スティーヴ・ジョブスはライヒのファンだったのだろうか?
クワロマンティックに関する説明はいいへんじの公式サイトに掲載されており、個々の自認の問題については主宰で作・演出の中島梓織が「NiEW」のインタビューで語っているので、ここでは繰り返さない。ただ、こうしたテーマは中島だからこそ書けたという部分はあるにせよ、それを過度に言挙げすることにはやや躊躇してしまう。
文芸批評では小説について、作家のパーソナリティーや発言から作品を読み解くことを忌避し、作品そのものを論じる「テクスト論」という批評方法が存在するが、筆者はそれにも懐疑的である(その意味で、筆者の立場は加藤典洋『テクストから遠く離れて』のそれに近い。むろん、演劇作品と文芸では依って立つ座標軸が異なるので一緒くたにはできないのは承知している)。鑑賞後、中島のパーソナリティーに興味が湧くのは当然のことだろうが、本作に限って言えば、過度に作家と作品を結びつける傾向にはやや抵抗がある。中島がインタビューで述べているような自身の指向は、未だ名前が付けられていない(あるいは知らない)だけで、だれしもに多かれ少なかれ当てはまることだと思うからである。その意味で、やはり普遍的な作品だと断言したい。
MITAKA “Next” Selection 26th
いいへんじ『われわれなりのロマンティック』
日程:2025年8月29日(金)~9月7日(日)
会場:三鷹市芸術文化センター 星のホール
筆者プロフィール
土佐有明(とさありあけ)。ライター。音楽評、書評、演劇評、映画評などを雑誌やWEBに寄稿。
単著『イカ天とバンドブーム論』が発売中。来年、日本のジャズのディスクガイドを上梓の予定。Xのアカウントは@ariaketosa
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