見出し画像

長く,厳しい冬がおそう

朝8時頃、のどの痛みで目が覚める。暖房による乾燥のためと思われるが放っておくとすぐに喉風邪につながるので、すぐに起き上がって洗面所に向かう。何度もイソジンでうがいをし、インスタントのスープを飲んで、のどのケアをする。

午後から都内にある本屋でイベントがあり、すでに申し込んであるので昼前には家を出た。目指すは、宇野常寛氏が運営する宇野書店。哲学者、批評家らの対談イベントがあるとXで知り、いい機会なのではじめての宇野書店訪問ついでに、対談も参加することにした。

対談や講演に行く、と書くと、なんだかその方面に詳しいなどと思われてしまうかもしれないが、そんなことはない。そもそも宇野常寛氏の著作をはじめて読んだのが半年前。昨年夏に無職になって以来、図書館で目についた本を読み漁っていたのだが、宇野氏の本もそのときに読んだのだった。

それから今年夏に再就職先が決まり関東地方に引っ越してきたので、宇野書店にも行けるようになった。気になる著者たちの対談や講演の現地参加など、これまでやろうにもできなかったことだ。1、2ヶ月に1回程度は現地参加し、リアルで彼ら彼女らの語りやその温度を体感したいと思った。まだわからないことだらけでも、なにかポジティブな影響を受けたいと思った。

電車を乗り換え都内に向かう途中、目の前の老婦人が改札口できっぷ投入口にSuicaを入れようとして止まっていた。ここにカードをあてるんだと思いますよ、と助言した。そういうわたしはSuicaを持っていないので、毎回電車を使う際はきっぷを買っている。周囲を見渡すと、きっぷ勢は1割にも満たない。

昼過ぎに宇野書店に着いて、対談を拝聴する。周囲の客たちはよく笑い、頷くなどリアクションをしているが、一方のわたしは話に挙がる内容の2割ぐらいしかわからない。いや、2割というのもちょっと盛っているかもしれない。とにかく話者の表情を見て、話を追いかけることで精一杯だった。でもそれが楽しかった。自分のまったく知らない思想家や哲学者、作品を引きながら絶え間なく交わされる会話があり、話者がいるということが新鮮だった。地方の田舎街に生まれた自分は、たいして勉強もせず、本も読まず、廃人のようにゲームをして、夜な夜な音楽を聴き、ひとりでピアノ遊びに夢中になった。小さくて狭い世界に閉じこもる三十余年の人生であった。だから、社会や人間について思い馳せ、多角的に語る人々や状況に遭遇することがなかったのである。

とにかく、わからないことがある、ということが嬉しかった。自分が何かの専門家や研究者になれるわけではない。しかし、この世界にまだまだ手を伸ばすことができる、そう体感するだけで嬉しいのである。これからも雑多に手を伸ばし、あちらこちらに足を踏み入れたいと思った。

イベント終了後、長いこと店頭の本を眺めて1冊だけ買って帰った。欲しい本は山ほどあったが、現在深刻な金欠状態につき、10冊ほど気になった本のタイトルをスマホのメモに入力し、我慢した。

イベントに参加するという目的を終えた帰り道は、気が抜けて、周囲の風景がそのまま心に映り、入り込んでくる。駅前で政治的な訴えかけをする人、路上ライブをする人。途切れない人波。頻繁に遅延する電車。押しつぶされそうな満員電車。雑踏に慣れないわたしは、やはりまだ不思議な感じがする。小さな街、二両編成列車、誰ともすれ違わない夜の帰り道。長く住んだ田舎の風景と感覚が反芻されている。なにが良いとか悪いとか、好きとか嫌いではなく、ただ不慣れな景色を眺めて、どうして自分がここに立っているのかわからなくなる時がある。これから、いったいどこに向かい、なにが変わっていくのだろう……。

道中、マックに寄って数時間本を読んだ。途中、グループで来たギャルたちに席を譲って移動したら、「ありがとうございます、お金払いますか?」と言われた。丁重に断った。しばらく彼女らの話が聞こえてきたが、一人だけ特に口調が荒く、「死んだほうがいい」とときどき口にするのだが、だれかが毎回「言いすぎだって」「そこまで言う?」と返していて、穏やかな言語感覚だと思った。

マックでは勅使川原真衣氏の『人生の「成功」について誰も語ってこなかったこと』を読み終わった。その後、古賀及子『私は私に私が日記をつけていることを秘密にしている』を読み始めた。ちょうどいま、わたしはパソコンが壊れて日記をつけようとしているので、参考にし、影響を受けたかったから。12月上旬には勅使川原氏の対談イベントがあるが、当日は仕事なのでアーカイブ視聴させていただく。

花屋を見かけて、入ってみた。大学のころ、近くにある花屋にたまに寄っていたことを思い出した。花には詳しくないのだが花屋という空間やその雰囲気が好きだったのである。それは今でも変わらないようだった。バラを見て、数年前にアロマオイルにハマっていたことを思い出した。生活資金の目処が立ったらまた部屋に自然のエッセンスを取り戻したい。

まだまだ慣れない生活、金欠の日々、不思議な雑踏。わからないことだらけの世界に手を伸ばし、足を踏み入れながら、わたしは新しいものたちと共に冬を越えたいと思う。宇野書店ではローラ・インガルス・ワイルダーの『長い冬』を買った。あらすじにはこうある。

「ローラたちの一家が住む大草原の小さな街を,長く,厳しい冬がおそうーー大自然とたたかいながら,家族のきずなを深め,力強く生きていったアメリカ開拓期の人々の生活がいきいきと描かれる。」

いいなと思ったら応援しよう!

めり込まざる者 よろしければ応援をお願いいたします。創作活動のための書籍代に使用させていただきます。