第4話男子王者VS女子王者。日本中が見つめた、双子の兄妹対決
男子無差別級王者、大和光。
女子無差別級王者、大和聖。

同じ日に生まれ、同じ家で育った双子が、日本一を懸けたマットの上で向かい合う。

それは二人にとって、初めて本気で戦える舞台だった。
そして、日本のスポーツ界にとっても、前例のない特別な一戦だった。
⸻
その頃、社会では男女平等を求める声が急速に高まっていた。
性別だけを理由に、最初から競技の機会を分けるのは本当に正しいのか。
男子選手と女子選手であっても、双方が望むなら、実力で決着をつける機会があってもいいのではないか。
そんな時代の空気を受けて、新しい特別試合が企画された。
第1回ジュニア最強決定戦。
その年の男子無差別級チャンピオンと、女子無差別級チャンピオンが対戦する。
体重による区分もない。
性別による区分もない。
完全無差別級。
ただ、その年代で誰が一番強いのかを決めるための試合だった。
この企画はその後も数年間続いたが、やがて自然に行われなくなった。
しかし、第1回大会だけは、長く語り継がれることになる。
その最初の対戦カードが、双子の兄妹だったからだ。
⸻
大会は東京にある、武道館を思わせる大きな会場で開催された。
全国テレビ中継も行われ、日本中が新しい試みに注目していた。
しかし、光と聖はテレビのことをほとんど気にしていなかった。
見られていることよりも、目の前の相手に勝つこと。
二人の関心は、それだけだった。
⸻
対戦が事前に伝えられることはなかった。
父も母も、指導者たちも、あえて二人には何も言わなかった。
兄妹で戦わせることを、周囲の大人たちは心から歓迎していなかったからだ。
それぞれが無差別級で優勝した、その日。
会場で初めて、特別試合の対戦カードが発表された。
男子王者、大和光。
女子王者、大和聖。
名前を呼ばれた光は、目を見開いた。
「えっ……」
驚きが、そのまま声になった。
その隣で、聖は一瞬固まった後、満面の笑みを浮かべた。
「うっそ! やったぁ!」

ずっと追い続けてきた相手。
十回戦って、一度程度しか勝てなかった相手。
その光と、日本中が見つめる舞台で本気で戦える。
聖には、喜びを隠す理由がなかった。
⸻
光も聖も、大の負けず嫌いだった。
兄妹だから戦いたくない。
家族だから手加減したい。
そんな気持ちは、二人にはなかった。
普段の生活では対等な双子。
しかしマットの上では、光は聖が追い続けてきた目標だった。
そして光にとって聖は、同年代の中で唯一、
いつか自分を追い抜くかもしれない
と内心感じていた相手だった。
二人とも、この試合を楽しみにしていた。
本気で戦えることに、心からワクワクしていた。
⸻
対照的に、父と母の表情は硬かった。
二人とも、兄妹が傷つけ合うような試合は望んでいなかった。
それでも試合は決まった。
父は当然、光が勝つと思っていた。
全国優勝は十回以上。
柔道とレスリングの双方で経験を積み、同世代に敵らしい敵はいなかった。
聖も全国大会で二度優勝していた。
だが、直接対決での聖の勝率は約一割。
これまでの実績だけを見れば、光の勝利を予想するのが自然だった。
⸻
他の試合がすべて終了した後、会場の中央に二人が呼ばれた。
特別試合は、三分二ピリオド。
赤のユニフォームを着た聖。
青のユニフォームを着た光。
二人はマット中央で向かい合った。
光は、いつもと同じだった。
正面から組み、力と技術で押し切る。
相手が聖だからといって、戦い方を変えるつもりはない。
一方の聖は、光とは正反対だった。
足を止めずに動き続ける。
フェイントを入れ、距離を変え、光を惑わせる。
相手の感情まで揺さぶり、一瞬の隙を生み出す。
正攻法の光。
変則的な聖。
二人の性格そのものが、レスリングのスタイルに表れていた。
⸻
開始を告げる笛が鳴った。
先に動いたのは光だった。
開始と同時に、一気に間合いを詰める。
聖が反応するより早く、光の体勢が低くなった。
最初に狙ったのは、片足タックル。
速い。
聖は一瞬、反応が遅れた。
光の腕が、聖の脚に届きかける。
「危ない!」
観客の間から声が上がった。
聖は後方へ大きくバックステップし、紙一重でタックルをかわした。
光の手が空を切る。
だが、聖の表情から余裕が消えていた。
想像していたより速い。
知っているはずの兄の攻撃が、これまで以上に鋭く感じられた。
かわした。

それでも、聖の心には小さな動揺が生まれていた。
⸻
光は止まらなかった。
最初のタックルをかわされたからといって、焦る様子はない。
すぐに立ち上がり、再び聖との距離を詰める。
聖は左右に動く。
光の正面に立たない。
しかし、光は逃げ道を少しずつ消していった。
そして、聖の首に腕を掛ける。
首を制御しながら、同時に自分の足を聖の足へ絡ませる。

上半身と下半身を同時に崩す、光らしい正攻法の連続攻撃。
聖の体が大きく傾いた。
足元が浮く。
踏ん張ろうとしても、首を押さえられているため体勢を戻せない。
会場の空気が一変した。
やはり、光が強い。
誰もがそう感じた。
父の予想通り。
これまでの対戦成績通り。
光が力と技術で聖を押し切ろうとしていた。
聖は耐えながら、初めてはっきりと思った。
このままでは、負ける。
しかし、その瞬間。
聖の中で、それまでとは違う感情が大きく膨らみ始めていた。
恐怖ではない。
諦めでもない。
ただ一つ。
勝ちたい。
その強烈な思いだった。
⸻
次回。
第5話
倒れそうで、倒れない少女
聖が初めて「化けた」瞬間
光に崩された聖は、試合の中でその技を理解した。
そして次の瞬間。
兄から受けたばかりの技を、光本人へ返す。
つづく
