「親友だよ」と言われてモヤっとした話
こんばんは。もう年の瀬ですね。
年々、一年が早く感じるようになった気がします。
突然ですが、みなさんには親友はいますか?
私はいます。
ただ、「親友だよ」と口に出して伝えるタイプではありません。
「この人は大切だな。
何かあったら、できる限り助けたいな。」
そう思える人はいます。それで十分だと思っています。
それが、私にとっての親友なのかもしれません。
親友は、思うものであって、言うものじゃない
私は「親友」という気持ちを、相手に宣言しない派です。
相手が同じように思っていなかったら気まずいからという理由もありますが(笑)、それ以上に、関係性は変わっていくものだと思っているからです。
環境や心身の状態が変われば、距離感が変わることもある。
それは自然なことだと思います。
だから私は、将来どうなるかわからない関係に、強い言葉を置くことに少し慎重です。
(気にしすぎかもしれませんが。笑)
「親友」と思う価値観は、人それぞれ
親友の捉え方は、人によって違います。
・頻繁に会える相手
・久々でも居心地が変わらない相手
・辛いときに寄り添ってくれる相手
・本音を言える相手
どれも間違いではないと思います。
ただ、「親友だよね」と確認し合わなくても、自然とそう扱っている関係もあります。
あとから振り返って、
「この人と会った帰りは、いつも気持ちが軽いな」
そう思える存在。
私にとっての親友は、そうやって後から気づくことが多い気がします。
「親友だよ」と言われた時の違和感
そんな私なので、
「あなたは親友だよ」と言われたとき、少しだけモヤっとしたことがあります。
最初は嬉しかったです。
長い付き合いで、今も仲良くしている相手だったから。
でも、その言葉を何度も繰り返されるうちに、違和感は少しずつ大きくなっていきました。
「親友」に対する価値観の違い
今なら理由ははっきりしています。
それは、
私が思う「親友」と、相手が使う「親友」の意味が少し違っていたから。
私にとって親友は、
言葉で確認するものではなく、
一緒に過ごす中で、いつの間にかそうなっている関係。
一方で彼女にとっての親友は、
辛いときに話を聞いてくれる人、
心の支えになってくれる存在だったのかもしれません。
どちらが正しい、という話ではありません。
ただ、価値観が違っていただけ。
そのズレが、「親友」という言葉で、はっきり見えてしまったのだと思います。
決定的だったこと
私は、彼女の悩みに長い時間向き合ってきました。
否定せず、できる限り寄り添ってきたつもりです。
だからこそ、彼女にとって私は
「親友」と呼べる存在になったのだと思います。
でも、あるとき気づきました。
私が悩んだとき、彼女に相談したいとは思えなかった。
その瞬間、私の中にあったモヤモヤの正体が、はっきりしました。
価値観が違う、というよりも、関係の向きが同じではなかった。
私にとって、彼女は「親友」と思える存在ではなかったのかもしれません。
おわりに
親友という言葉に違和感を覚えたのは、
私が冷たくなったからでも、人付き合いが下手だからでもないと思います。
ただ、
自分が大切にしたい価値観と、相手の価値観が違っていただけ。
(その違いに気づくのに1年以上かかりましたが。笑)
私はこれからも、「親友だよ」と確認し合うことよりも、
言葉にしなくても心で通じる関係の心地よさを、大切にしていきたいと思います。
読んでいただき、ありがとうございました。
ここ一年、心のどこかにあったモヤモヤをこうして言葉にできて、
気持ちよく年を迎えられそうです。皆様良いお年をお迎えください!
余談
子どもの頃、親友をこんなふうに呼ぶことが流行ったのを思い出しました。
「心友」「真友」「信友」「神友」
私は「信じる友」の 信友 が一番好きでした。
懐かしいですね。笑
