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何度も振り返った、小さな背中


「ぼくもう一人で学校に行けるから大丈夫。」


上の子は、そう言うようになりました。


でも私は、
「ママがまだ心配だから」と笑って返していました。


小学一年生の頃は、
毎朝一緒に学校まで歩いていました。


少しずつ慣れてきてからは、
学校が見えるまで。


もう少し慣れたら、
学校とお家の真ん中まで。



それでも、
車通りの多い道があるので、

「事故に遭わないかな」と心配で、

なかなか自宅から学校まで、
一人だけで送り出す勇気が持てませんでした。



子どもは
「道覚えてるから大丈夫だよ」と笑います。

「道は大丈夫だと思うけど、
車が多いから心配なんだよ。」


何度もそう言ってきました。


ニュースで子どもの交通事故を見かけるたび、

「明日こそは一人で行かせよう」と思っていても、

やっぱり送り出すことができませんでした。



子どもの「大丈夫」を
信じていなかったわけではありません。


ただ、「もしも何かあったら」と
考えてしまう自分がいました。



一緒に歩いていたのは、
子どものためでもあり、
きっと私自身が安心したかったからなのだと思います。



二年生になって夏休み前のある朝。



旦那から
「もう二年生なんだし、一人でもきっと大丈夫だよ」

と言われました。



私も、いつまでも心配していないで、
そろそろ信じて送り出そう。


そう決めて、
「今日は家から見送るね。」

と子どもに伝えました。




子どもは少し嬉しそうな表情で、
いつものようにランドセルを背負って歩き始めました。



私は家の前で、
その姿が見えなくなるまで見送りました。



子どもは何度も振り返って、
そのたびに手を振ってくれました。



私も手を振り返しながら、
「気をつけてね」と心の中で何度もつぶやきました。



最近は背も伸びてきました。


下の子と並ぶと、
しっかりお兄ちゃんらしく見えるようになりました。


「大きくなったなぁ。」


そう思うことも増えました。



それなのに、
その朝見送った後ろ姿は、
まだ小さな子どもに見えました。


不思議といつもより大きく見えたランドセルを背負い、一歩一歩、一生懸命歩いていく背中。


「まだ守ってあげたい。」

そう思いました。


でも同時に、
「もう一人で歩いていけるんだね。」

とも思いました。



嬉しくて、成長した姿が誇らしくて、

それなのに、なぜか少し寂しく感じました。




子どもの成長は、
「できること」が増えることだけではないのかもしれません。



親が少しずつ手を離し、
信じて見送れるようになること。



それもまた、
子どもの成長と一緒に訪れる時間なのだと思います。


もう子どもは、一人で学校へ向かいます。



家の前で手を振る時間は短くなったけれど、 

その後ろ姿を見送るたびに、

少し誇らしくて、
まだ少し寂しい気持ちになります。


これから先、
もっとたくさんのことを一人でできるようになっていくのでしょう。



それでもきっと何年たっても、
私が思い出すのは、

あの日、
何度も振り返って私に手を振ってくれた小さな背中。

あの朝の姿を、
私はこれからもずっと忘れないと思います。





#子どもの成長を感じるとき

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