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何もできなかったと思っていた日、ちゃんと一日を終えていた


夕方になると、
「今日は何もできていない気がする」と思っていました。




朝からnoteの記事を書いて投稿した。

コメントや返信もした。

出品していて売れた商品の梱包も終わらせた。

子どもの迎えにも行った。

発送も行った。



やるべきことを並べてみれば、
それなりに進んだ一日だったと思います。



それなのに、夕方になると気持ちは重いまま。


「まだ今日は出品できていない」


頭の中に浮かんだのは、そのことでした。



売るために用意した物がまだ残っている。


早く売りたい。

家計の足しにしたい。


外で働いてお給料があるわけではない私にとって、


物が売れることは、ただ不用品が減るだけではありません。



家計の足しになることはもちろんですが、


「今日も家族の役に立てた」

「私も少しは家計に貢献できた」


そんな小さな安心にもつながっています。



だから出品できない日は、
思っている以上に落ち着きません。



ただ一品出品するだけの話なのに、


それが出来ないと、

その日一日で使った
光熱費や食材や時間ばかりが頭に浮かびます。



減っていくだけの一日みたいで、
少し怖くなりました。



私にとって出品は、
お金のためだけではなかったのかもしれません。


一品出品するたびに、
少しずつでも前に進んでいる気がしていました。



だから出品できない日は、不思議と焦ります。


何もしていないわけではないのに、
自分だけが立ち止まっていて、
取り残される気がするのです。




けれど、体は思うように動かない。



ソファに座ったまま
スマートフォンをずっと見ています。



もう2時間くらい。


何度か出品しようとして、出品画面を開きました。

でも体が重い。



息抜きにゲームを開いても、
気持ちはうまく動きませんでした。



多分、疲れているのです。



でも横になって休むのも、
結局ソワソワして落ち着きません。



休んでしまったら、何も進まない気がする。


だから、「今日は疲れているから仕方ない」とも、「少し休もう」とも思えません。



その代わりに頭の中では、

「昨日は寝るのが遅かったから」

「これから子どもの宿題も見なくちゃいけないし」

「夕飯も作らないと」


次々と、言い訳のような考えが浮かびました。


けれど、そのどれも本当は言い訳ではなくて、

ただ疲れているという事実だったのかもしれません。


明日でもいいかもしれない、
今日はここまででもいいかもしれない。



そんなことを考えながらも、
なぜか自分が許せないのです。


不思議なものです。


できたことは並べて見れば、たくさんあるのに、
気になるのはできなかったことばかりなのです。


昔からそうです。


なぜなのかは、自分でもよく分かりません。



人前に出るのは苦手なのに、気づけば


「誰かがやらないといけないなら」と

班長や委員長、部長を引き受けてしまうような子どもでした。




あの頃からきっと、終わったことよりも

「まだやるべきこと」の方に

目が向いていたのかもしれません。



何かひとつ終わると、次の次のことまで考える。


達成しても満足する前に、
「まだ残っている」が目に入る。


だから、頑張ったと思う日ですら足りない気がしてしまう。



その日も結局、
少し休んでから
部屋の片付けと掃除機をかけました。



部屋が少し整っただけなのに、
不思議と頭の中まで少し静かになっていきました。



気持ちが少しだけ軽くなったまま、
スマホを開いて、一品だけ出品しました。



たった一品。



以前の私なら、「たった一品」と思っています。



でも、その日はなんだか違いました。



記事を書いた。

コメントをして、返信をした。

梱包をした。

発送をした。

子どもを迎えに行った。


そして一品出品した。



それだけできたなら、
本当は十分だったのではないか。




本当は分かっています。



出品できた日だけに
私の価値があるわけではないことを。



けれど、その「分かっている」は案外頼りなくて、

疲れた日の夕方には簡単に負けてしまうのです。



ご飯を作った日も。

子どもの話を聞いた日も。

何事もなく一日を終えた日も。


きっと家族にとっては大切な一日なのだということを。



それでも時々、


「もっと何かできたはずだ」


と思ってしまうのです。




そして、ふと考えたのです。


もし他の人が、私とまったく同じ一日を過ごして、


「今日は全然できなかった」


と言ったらどうだろう、と。


きっと私は、


「全然出来てない、なんてとんでもない!」


と言うと思います。


「いっぱいやったじゃない」


そう言うはずです。


なのに、自分のことになると途端に厳しくなります。



私はきっと、これからも時々、

できなかったことばかりを数えてしまうのだと思います。


「もっとできたはずだ」

そう思う日も、きっとなくならないのでしょう。



少なくともあの日の私は、
何もしていなかったわけではありませんでした。


それでもきっと、
また同じように揺れる日もあるのだと思います。



そんな日も含めて、
ちゃんと一日を終えていたのかもしれません。



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