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真面目さが、あなたを苦しめる時。

「真面目だね。」

そう言われると、褒め言葉のように聞こえる。


実際、真面目な人は
責任感があって
約束を守って
努力もできる。


だから私は、真面目であること自体は悪いことだとは思わない。


でも、真面目な人ほど苦しそうに生きていることも多い。


それは、真面目さが「長所」ではなく
「自分を縛るルール」になってしまう時があるから。


例えば、「毎日1時間勉強する」と決めていたとする。
ある日は疲れて15分しかできそうにない。

そこで
「1時間できないなら今日はやめよう。」
となってしまう人がいる。

でも、本当は15分やった方が前に進んでいる。



真面目な人は
ルールを守ることが目的になってしまって、
続けることを忘れてしまうことがある。


また
「私がやらなきゃ」と何でも引き受けてしまう人もいる。

周りは助かる。
でも、その代わりに自分だけがどんどん疲れていく。

責任感は素敵なことだけど、
自分の限界まで背負うこととは違う。



休むことも同じ。
本当は休んだ方が集中力も回復するのに
「休むなんて怠けてる。」と自分を責めてしまう。


車だってガソリンがなくなれば走れない。
なのに、自分には給油を許さない。


これも真面目さが仇になっている状態なんだと思う。



完璧主義もそう。
80点でも十分伝わるのに
「100点じゃないからまだ出せない。」となってしまう。

学校のテストなら100点を目指す場面もある。

でも人生は、100点を待っていたら何も始まらないことの方が多い。

80点で出した人は経験を積める。
100点を待ち続けた人は、ずっとスタート地点にいる。

どちらが成長するかは、きっと想像できると思う。




さらに真面目な人は、
人の言葉も素直に受け止めやすい。

「お願い!」
と言われると断れない。
「期待してるよ。」
と言われると頑張りすぎる。

相手の期待に応えることを繰り返しているうちに、
断れない人だと思われてしまう。

その結果、いつの間にか都合のいい人になってしまう。



ここで私が知って良かったと思う考え方がある。
それは、境界線(バウンダリー)。

相手の期待は、相手のもの。
自分がどこまで応えるかは、自分が決めていい。

「期待に応えないこと」と
「相手を大切にしないこと」は同じではない。

境界線とは、自分と相手の間に、無理をせずに関われる距離をつくること。



そして、一番もったいないと感じるのは
真面目な人ほど、他人には優しくできるのに、自分にだけは厳しくなるということ。

友達が15分勉強したら、「15分でも頑張ったじゃん!」
と言えるのに、自分には「たった15分しかできなかった。」と言ってしまう。

もし友達にかける言葉を、そのまま自分にもかけられたら。
真面目さは、自分を苦しめるものではなく、自分を支えてくれる力に変わると思う。


私が思う真面目さが仇になる瞬間は
「ちゃんとしなきゃ」が「自分を大切にすること」よりも優先になってしまった時。



真面目さをなくす必要はない。

ただ、その真面目さを少しだけ自分にも向けてあげてほしい。


休んでもいい。
断ってもいい。
80点でも出していい。
頑張れない日があってもいい。
真面目さは捨てなくていい。


使い方を少し変えるだけで
その長所は、あなたを苦しめるものではなく
あなたを守ってくれる力になると思う。

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