私が好きになったものは、だいたい売れる
「私が好きになったアーティスト、絶対売れんねん」
恥ずかしげもなくそう口にしていた時期があった。ミスチルの大ヒットも、PUFFYの爆売れも、スピッツも星野源もKing Gnuも、私が好きになったから売れた。しこたま売れた。
真面目に考えると、これはおそらく嘘である。すでに売れ出していたから私の耳にまで届き、まんまと好きになっただけのこと。大ヒットするような、皆が好きになるようなアーティストが、私もやっぱり好きだった。そういうことなんだと思う。
芸大に通っていた頃、「少数派」こそが正義だと思っていた。いかに変わり者であるか、いかに人が知らない音楽を聴き、人と違う感性を持っているか。無意識のうちに「変なやつランキング」を競い合ってるように感じていたのは、私だけだろうか。
いつも袴をはいてる人、自家製脱色で髪が緑になった人、自宅にだいぶヤバい人形を飾っている人、妙なアルバイト先で妙な伝説をつくっている人。
実際、やたら変なやつが校内にはゴロゴロいて、「あいつはマジで変わってるから」という噂話は、最上級の褒め言葉に聞こえた。芸術なんていうものを志す大学生たちにとっては、誰もが認める「変なやつ」こそ、唯一無二の感性のあかしだ。凡人に理解不能な個性、それすなわち才能の必須条件だと思われた。
みんながみんな、個性的であろうとする。今思えば、それこそが「多数派」の振る舞いじゃないかと苦笑してしまうんだけど、青かった私ももちろんその波に乗った。私は「普通」であることを恐れた。人と違う自分を探し、人と同じ自分にガッカリした。そうまでして手に入れたかった個性。私の個性。
私はおそらく、ごくごく平凡な人間だ。みんなが見るからWBCだって見るし、月曜日の朝はもれなく憂鬱になる。ヒットしてる曲はええ曲やな〜とヘビロテし、「泣ける!」と書かれた帯本は、も〜やめてよ〜と思いながらしっかり泣いてる。全米が泣いた映画も、もちろん泣くよ。だって全米が泣いてんだぞ。わかりやすく「変なやつ」では多分ない。普通にまじめな会社員だ。
だから私は無個性だろうか。
んなこたねーだろうよと、言わせて欲しいね。
会社に向かう道の途中に、とっておきの景色があるのよ。愛してやまないお気に入りのラムネがもう売ってなくて寂しい。思い出すだけで涙ぐんでしまうような、大好きな人もいるの。他にもいっぱいあるから、聞いて欲しい。誰も知らないような、私だけの個性。40ウン年生きながら、コツコツ育んできた私らしさの数々。
この世はみんな個性だらけで、同時にみんな平凡だ。
だから人と気持ちを分け合うことができる。
だから他人のこだわりが愛おしい。
個性なんてもんの正体は、そういう、特別でもない宝物であって欲しい。
ね、私の会社に向かう道の途中に、桜のキレイな公園があるんです。もう少ししたら、蕾が膨らんで、あっという間に満開になるよ。
春になったら、きっとみんながココにきて、
おんなじように、桜を見上げる。
なんでって。
私が好きになったものは、だいたい売れるんです。
