「インサイト」とは何か――それは“事業者の”気づき・発見である #08
定性調査の分析の話をするとき、よく出てくる言葉に「インサイト」があります。「インタビューでインサイトを掴みたい」といった言い方でよく出てくるワードです。
この言葉はかなり曖昧で、人・組織によって意味や定義がまちまちです。だから、ここでは「この記事では『インサイト』という言葉をこういう意味で使います」という定義を最初にしておきます。
「インサイト」の広義&狭義の意味合い
インサイトは広義・狭義で意味合いが少し違います。わたしがしっくりくる定義はこれです。
広義のインサイト:マーケティングの意思決定を助ける気づき
狭義のインサイト:価値提案の方向性を変える発見
マーケティングリサーチは、基本的にはマーケティング活動の主体(多くは事業者)が、マーケティング上の意思決定を行うために実施します。ですから、マーケティングリサーチの文脈での「インサイト」は、意思決定者(事業者)が「マーケティング課題の解決の手がかりになるかもしれない」と気づいたこと、発見したことを指します。これが広義のインサイトです。意味合いとしては「ファインディングス」に近いと思います。
一方、新商品・サービス開発や新市場創造につながるインサイトに限定して「インサイト」というワードを用いるケースもあります。これが狭義のインサイトです。
事業者はインサイトをもとに、新しい商品・サービスや広告を生み出す。それを提示された生活者は「そうだ、自分はこうしたかった!」「これを求めていた!」と気づく。そして購入したり他社製品からスイッチしたりと、行動が起こる・変わる。そういうことから「生活者の意識や行動に変化をもたらす気づき」という定義も見受けられます。
ただ、生活者の意識や行動を変えるのですから、事業者としてはこれまで提供していたものとは違う、新しい価値を提供しなければならないでしょう。また、新市場を創造することは簡単ではないので、その「気づき」は「発見」と呼びたいくらい、大きなものだと思います。それで「価値提案の方向性を変える発見」という定義がしっくりくると思いました。
ということで、ここでは、広義・狭義それぞれ上述のような意味でインサイトという言葉を使います。
インサイトは「発言」としては取れない、「アイデア」でもない
クライアントが「インタビューでインサイトを掴みたい」と言うとき、対象者の“発言”がそのままインサイトであったり、施策に直結する「アイデア」が発言でもたらされることを期待していることがあります。
でも、インタビューで生活者がインサイトを発言として教えてくれることはありません※。理由はシンプルで、インサイトは「事業者の気づき・発見」だからです。生活者本人は、自分のニーズや意識を「事業者にとって意味のある形」で語ってくれるわけではない。当然、「アイデア」を与えてくれるわけでもない。
インサイトは分析によって得るものです。その一例が、前回までの記事で紹介した「因果対立関係分析」「上位下位関係分析」で見出した、対象者の行動の背景にある葛藤やニーズです。
※インタビューの現場で、ある発言を「プローブ」した結果、そのままインサイトに通じる発言を引き出せたということはあります。この話はプローブの記事で書く予定です。
気づき・発見は葛藤に潜んでいる
第5回で説明した因果対立関係分析でとりあげた島の例で説明します。
あそこでとりあげた例は、ごく小さな島ーその人の食行動や嗜好と美容意識の一部を切り取ったものーですが、実際の分析では、更に別の島々ともつながって、大きな島が形成されることがあります。「え?こことつながるの?」という意外なつながりが見つかることがあります。
また、とりあげた事例は「葛藤」を表すものでしたが、葛藤の中には「不・負(不満・不便・不足・負担等)」があるものです。不・負は、新しいソリューションを必要としています。ですから、葛藤に着目すると新製品・新市場開発のヒントを見つけられる※ことがあります。「因果・対立の島に気づきや発見が潜んでいる」というのは、そういうことです。
※インサイトは、「葛藤」の他、「変化の兆し」や「違和感」などにも潜んでいます。そこに着目してインサイト抽出を試みるとよいと思います。
上位ニーズがコミュニケーションのインサイトに
第6回では上位下位関係分析について説明しましたが、そこで取り上げたAさんの事例は、実はある飲料のコミュニケーションの検証が目的のインタビューでした。
この飲料は、ストイックにトレーニングを重ね結果を出しているアスリートが登場する広告を打っていました。その方向性が、Aさんのようなロイヤルユーザーに刺さっているのか?を確認するためのインタビューです。
結果として、コミュニケーションの方向性は、Aさんの「自己肯定感(自信)をもちたい」というBeニーズに合致していることが確認できました。アスリートが努力してストイックに結果を出す姿は、Aさん自身の生き方や価値観と響き合うものでした。
つまり、Aさんのインタビューから抽出された上位ニーズ(自己肯定感を得たい)は、「いまの広告路線でユーザーのロイヤルティを維持できる」という事業者の気づき=インサイト(狭義)として活きた、と言えます。
インサイトは人間が決める
ここでAIの話を少しだけ。インサイトが“事業者の”気づき・発見である以上、AIが「これがインサイトです」と判断してくれることはありません。もちろん、指示すればインサイト的な分析―ファクトから言えることーをいくつでも出してはくれます。しかし、その中から「コレだ!」というインサイトを選び出すのは、意思決定する側の人間です。ここは、AIが分析する時代になっても変わらないと思います。
次回は「インサイト」から「アイデア」へ
先ほど、インサイトはアイデアではないと書きました。インサイトはアイデアの「手前」にあるものです。分析でインサイトをつかんだら、そこからもう一歩、事業者が「自社のカテゴリー、ブランド、製品・サービスにどうつなげるか」を考えるステップが必要です。これは分析ではなく、創造に近い作業です。
次の記事では、この「つなげる作業」について書きます。具体的な事例で、インサイトが新しい商品や施策のアイデアにどう変わっていくのかを見ていきます。
インサイトの話、だいぶ長くなりました。最後に整理します。
インサイトは「事業者」の気づき・発見である。広義には「マーケティングの意思決定を助ける気づき」、狭義には「価値提案の方向性を変える発見」である。
インサイトは、対象者の発言から直接的に得られるものではなく、分析で導きだすものである。
インサイトはアイデアの手前にあるものである。インサイトを、自社のカテゴリー、ブランド、製品・サービスにつなげる「創造」的ステップを経て、アイデアへと昇華させる。
