鶴巻和哉監督 『機動戦士Gundam GQuuuuuuX Beginning』 : 「なるほどね」という作品
映画評:鶴巻和哉監督『機動戦士Gundam GQuuuuuuX Beginning』(2025年)
所用で大阪梅田まで出なければならなかったので、ついでに、少し気になっていたアニメ映画2本を見てきた。そのうちの1本が本作である。
もともと『ガンダム』のTVシリーズの新作には興味が無く、本作については、庵野秀明の「スタジオカラー」が制作に関わるとは聞いていたが、だからといって、いまさら庵野が監督をつとめるわけではなく、脚本などに加わるといっただけの、ごく限定的な参加になるだろうとそう考えていたから、やはりTVシリーズ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)』も見る気はなかった。
ところが、その劇場版をやってるというのを少ししてから知って、それだけなら見てもいいかなという気にはなっていたのである。

『「エヴァンゲリオン」シリーズのスタジオカラーと「ガンダム」シリーズを手がけるサンライズがタッグを組んだアニメ「機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)」の劇場先行上映版。日本テレビ系列で放送予定のテレビシリーズから一部話数を劇場上映用に再構築した。』
(映画.com『機動戦士Gundam GQuuuuuuX Beginning』)
ということで、映画としての「完全新作」というわけではなさそうで、言うなれば予告編的な「先行編集版+アルファ」のようだ。
しかも、本作公開直後に「また庵野が、趣味に走ってやりたい放題をやっている」とか「どうしても一年戦争がやりたいんだな」とか、必ずしも好意的とは言い難い評判も伝わってきていたため、私もさほど多くは期待していなかった。「一年戦争を別の角度から描くのかな」くらいの軽い気持ちで見たのである。
さて、すでに公開から1ヶ月が過ぎたので、遠慮なく、映画としての「隠し玉」部分をバラして(ネタを割って)しまうと、本作の前半(三分の一ほど?)は、最初のTVシリーズ『機動戦士ガンダム』、いわゆる「ファーストガンダム」の第1話を、新作画で「ほとんどそのまま」描く、というようなかたちで始まる。
それで「庵野は、これがやりたかったのか? それにしてもよっぽど第1話が好きなんだな」と呆れて見ていたのだが、いくつか引っかかる点があった。
それは、オリジナルの「第1話」の展開や画面レイアウトを、これだけ忠実になぞって再現しておきながら、
(1)メカデザインだけは、大河原邦男のオリジナルデザインを踏まえながらも、『エヴァンゲリオン』シリーズや『シン・仮面ライダー』などでお馴染みのメカニック・デザイナー山下いくとの新デザインに差し替えられているという点。
(2)なんと、シャア・アズナブルの声優が、お馴染みの池田秀一ではなく、若い声優に替わっていたこと。
などである。
で、そうこうしているうちに、あれあれっという展開になった。
スペースコロニー・サイド7に侵入し、奇襲をかけたシャアたちに対し、ご存知アムロが、置いてあった新兵器ガンダムR X-78に勝手に乗り込んで、シャアたちを撃退してしまう一一というのが、オリジナルの「第1話」の展開なのだが、本作ではなんと、シャアがガンダムを先に見つけてしまい、これに搭乗して鹵獲し、さらにはこの新型モビルスーツを使って、おなじみのホワイトベースまで奪い去ってしまうのである。



一一つまり、本作は、「ファーストガンダム」とそっくりだが一部違うという「パラレルワールド」を描いたものだったのである。
だから、その展開だけではなく、一部デザインや声が違っていてもかまわないし、それはこの世界の独自性として当然のことだったのだ。
またそのため、例えば「池田秀一への敬意を失する」ことにもならないのである。なにしろ「別世界のシャア」であり、要は「別人」だからである。
この後、物語は「ファーストガンダム」の最終回あたりまで飛んで、アムロもいなければ(いても活躍の機会を失しており)、ガンダムやホワイトベースがジオン側に存在する世界の中で、一年戦争も、地球連邦がジオン公国に敗れるという結果になる。
当然のことながら、「ファースト」の最終回で描かれた、アムロとシャアの一騎打ちは無く、シャアは謎のモビルスーツと戦っているうちに、光り輝く不思議な空間に、赤いガンダムごと消え失せてしまうのである。

ところで、こうしてシャアが行方不明となる以前、キシリア・ザビからの遣わされてシャアの副官となった「シャリア・ブル」という、若いのかオジサンなのか、よくわからないデザインのキャラクターが登場するのだが、これがまた「デザイン的に浮いたキャラクター」なのだ。ぱっと見は若そうなのだが、口髭を生やしているのでオジサンキャラにも見える年齢不詳の人物。
「シャリア・ブル」という名には聞き覚えがあったのだが、どうもデザイン的に安彦キャラではない。細かくいえば、ブルの「上まつげ」が変に濃くて、とうてい安彦良和のデザインしたキャラクターとは思えないのだ。
それで「なんでこいつだけこんなデザインなんだ? しかし、名前には聞き覚えがあるから『Zガンダム』以降の作品に登場したキャラなのだろうか?」などと思っているうちに、シャアが出撃したまま戻らず、行方不明のまま終戦を迎えた、という展開となる。
で、「なんだこれは?」と思って見ているうちに、「機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)」のタイトルが(確か)入って、ここからは、ぜんぜん世界観の違う(安彦キャラではない)、ずっと今風にディフォルメの入ったデザインの登場人物にガラリと替わってしまうのだが、そこに前述のシャリア・ブルが、現在も行方不明ままのシャア・アズナブルの行方を探しているジオンの軍人として登場する。

そしてまた、再び登場したこのシャリア・ブルのデザインが、前半で登場したものとは少し変わっていて、後半の新しい世界観に寄せたデザインになっているのだ。
それで「ああ、前半と後半で世界観が変わるその橋渡し役のキャラクターだったから、後半の世界観を一部先取りしていたために、前半の安彦キャラの中では浮いていたのだな」と、そう納得がいったのである。

しかしだ、「ファーストガンダムのパラレルワールドを描いていた」とか「不自然だと思えたキャラクターデザインの意味がわかった」とは言っても、だから、それが「面白い」のかと言えば、べつにそんなことはなく、ただ「なるほどね」と思っただけ。
特に前半の「パラレルワールド」ネタは、テレビシリーズ「機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)」にも、世界設定として引き継がれるものなのかも知れないが、だとしても、所詮は庵野秀明の「お遊びの延長」であり、せいぜい古いガンダムファンへのサービスくらいにしかなっていないと感じられた。
しかも、古いガンダムファンであっても、かえってそれに不快を感じた人もいれば、私のように「なるほどね」と思っただけの者もいるのだから、本作の前半は、それほど「面白い仕掛け」にはなっていなかったと評すべきものなのである。
それよりも、後半の「テレビ総集編」の方が、むしろ新作の「パイロットフィルム」的な出来において、よほど生き生きと描かれており、テレビシリーズのものとしては、それなりに力の入った作品だと。そう感じられた。
しかしまた、そうだからと言って、テレビシリーズを見る気になる程でもなかったのである。


そんなわけで、本作は、庵野秀明の「オタク的なお遊び」の入った「サービス付き予告編」とでも呼ぶべき作品であり、それ以上でもそれ以下でもないというのが、私の率直な感想であった。
前半部分が「聖典冒涜的だ」などと怒る気はないけれども、お遊びと新シリーズの設定の一部紹介を兼ねた本作前半は、お遊びとしても中途半端なものになってしまっているのではないだろうか。
まあ、テレビシリーズが完結して、大変な評判にでもなれば、その時には見ても良いが、この様子では、『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』とも、これっきりということになりそうである。

(2025年2月26日)
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