怪談
ひそかな夢に、
怪異との邂逅がある。
一度も、
欠片も、
砂粒ほども遭遇したことが無い。
悪夢ならたくさん観る。
しかし、仕事絡みの悪夢がほとんどで。
ところが、
毎晩隣に寝ている彼女は出会っているのだ。
一緒になってから、三回出ている。
いずれもわたしは、
気がつかぬまま、隣に寝ていた。
不公平感。
今日はそんな話をする。
わたしたちはホラー映画が大好きだ。
悲しいことに、面白いホラー映画は少ないが、
それでも期待を込めて観る。
少なくとも、わたし自身、
怖いと思ったホラー映画に出会ったことは無いし、
隣で怖かったと感想を聞いた記憶も無い。
スプラッタ映画をコメディか何かと思っている、
そんなひとが、怖かったと洩らした。
最初は随分前のことだ。
十年以上前だろう。
一緒に暮らし始めて間もない頃。
朝になって、
昨夜、恐ろしい夢を観たと教えてくれた。
わたしの好みで、うちは布団を敷いて寝ている。
押入れのある普通の畳部屋で。
頭の位置、つまり布団と枕の方向は、
定期的に変えている。
深い意味は無く、なんとなく。
勘違いで、随分長い間北枕だった時期がある。
その頃だったような気もする。
こんな夢だった。
――暗い寝室で。
押入れの前で一人で立っていた。
やがて、出血し生理だと気づく。
とうとうと血が流れ、畳に血だまりが出来上がる。
――そこから、
おぞおぞと、
透明な胎児のようなものが這い上がってきた。
すごい力でしがみつき、
足元から脛、太腿へとよじ登る。
おぞおぞ、おぞおぞと。
掴まれる痛みに、思わずよろめく。
振り払おうとしても、
幾匹も幾匹も、這い上がってくる。
何匹かが胸元にしがみつき、
ついに重さに耐えかね、
畳の血だまりへ崩れ落ちた。
――。
脛と、太腿だった。
指の跡のような痣ができていた。
頭を撫でて、
それからアンメルツモドキを塗ってあげた。
「寝返りで、自分の足同士ぶつかったのでは?」
「あなたの寝相と一緒にしないで?」
それから何年もそんなことは無かったのだが、
ある朝、布団の中でしがみつかれた。
昨夜恐ろしい思いをしたという。
隣に寝ていたわたしを、
一生懸命起こそうと努力したが、
声が出せずにできなかったという。
「爆睡しやがって!
どうして起きてくれなかったの?」
少しだけしょぼんとなっちゃう。
いわゆる金縛り、だったらしい。
怖かったのは、
見ず知らずの老婆が、
お腹のあたりでずっと正座していて、
その顔つきが、
何とも言えぬ、恐ろしい表情だった。
怒りでも、悲しみでもなく。
ただただ、恐ろしい表情。
思い返してみても、親戚はもちろん、
知り合いや、すれ違った記憶も無いという。
ふたりの布団を毎朝押入れにしまうのは、
わたしの役目だった。
彼女のかけ布団を持ち上げた時、
微かに、香のようなものを感じた。
しばらく怖いことは無かった。
もっとも、
わたしは何一つ怖いことには遭遇していないが。
唯一わたしが怖かったのは、東日本大震災だ。
その日もホラー映画を見ており、
エンディングテロップと同時に、
揺れ出したのを覚えている。
関東地方も不安になるような揺れだった。
父親が仕事で、
福島にいると知ったことも不安のひとつだった。
当時は本気で父親が放射能汚染されると心配した。
話が脱線してしまったけれど、
最後の話は、ついこの間のこと。
年が明けて少し経った頃。
わたしは退職を心に決めて、
ふたりでどう時間を使うか、
期待に胸を膨らませていた頃。
夜が明けて、またしても怖かったと報告された。
そして、わたしはやはり隣で爆睡していたが、
限界を感じて、退職を決めたわたしを気遣い、
起こそうとは思わなかったらしい。
夜中、スマホで推しを追っていた彼女は、
ふと、足元に気配を感じた。
身の毛がよだつ思いだったという。
感じたことの無い緊張に襲われ、
顔を上げて足元を確認することができなかった。
しかし、恐る恐る、手を伸ばしてみた。
普通に考えると、
仰向けに寝て手を伸ばしても、
手は足元に届かない。
しかしとにかく伸ばしてみた。
――すると、
ざわりとした感触……
わぁっと、
叫び声と共に、
何かが足元から覆いかぶさったという。
それはそのまま、
覆いかぶさりながら消えてしまった。
でもたしかに感触があって。
しばらく、
心臓のばくばくが収まらず固まっていた。
一瞬見えたそれは、
名探偵コナンに出てくる、
黒塗りの犯人像みたいで。
灰色の人型で、かなり大きな体格にみえたらしい。
わたしは彼女をぎゅっと抱きしめ、頭を撫でる。
彼女はわたしの背中をぽんぽんと叩いた。
それから、トースターのパンが焼けて。
ふたりで、目玉焼きの載った四角い皿と、
湯気の立ち昇るスープカップを運んだ。
