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LUNA SEA真矢の献花式

2026年3月8日 LUNA SEA真矢の献花式に行ってきた。

私が中学生だった1991年、日本武道館で行われた「エクスタシーサミット」がLUNA SEAとの初めての出会いだった。

とにかく衝撃を受けた。何、このバンド、かっこいい。

すぐに、中学生のなけなしのお金で「IMAGE or REAL」ツアーのチケットを取ったことを覚えている。

日比谷野音のチケットが買えず音漏れを聞きに行ったり、NHKのポップジャムの観覧に行って、「ROSER」で頭を振りまくったのも良き思い出だ。(今、考えると迷惑極まりない行為)

LUNA SEAは「君が誰でもいい。LUNA SEAを愛してくれるなら一緒に歩いていこう」と誰のことでも受け入れてくれるバンドだと感じていた。

それはただの「音楽」であるだけでなく、当時、思春期の私が欲してやまなかった「居場所」だった。


高校生生活後半はライブハウスに入り浸っていたこともあり、メジャーバンドのライブはほとんど行かなくなっていた。

ただ、妹が私の影響を受けて、生粋のSLAVEになっていたこともあり、22歳くらいからは妹と一緒に大きな公演だけ行くようになっていた。

正直なところ、どのライブに行って、どのライブに行っていないのか、よく分からない。「EDEN」後の楽曲にも詳しくない。

仕事を始めてからは朝から晩まで仕事漬けだったし、結婚・出産などでライブから離れていた時期もある。その中でも、終幕のライブだけは忘れられない。泣きながら頭を振り、声が枯れるまで叫んだ。メンバーのプレイもセットリストも神がかっていて、「本当に終幕なの?」と信じられない気持ちもあった。


その後、奇跡的なREBOOT。

ライブがあれば行くという程度のファンだった私が再燃し、SLAVEに戻るきっかけとなったのは2018年の「LUNATIC X’MAS」の「IMAGE or REAL」と「SEARCH FOR MY EDEN」ツアーを再現したライブだ。私がどっぷり浸かっていた時期のツアー再現だったこともあり、当然の帰結だった。

ああ、今でもこんなにかっこいいんだ。むしろ、今の方がかっこいい。改めてそう感じた。

そこからはかなり精力的にライブに行っていたと思う。とはいえ、自分の中で、子どもが小さいうちは遠征をしないと決めていたので、行っていたのは関東近郊のライブのみ。新幹線で行くこともほとんどなかった。

ただ、「ERA TO ERA」だけは自分なりに頑張った。メンバーのMCや生き急いでいるかのような活動状況から、「終わりが近いのかもしれない」という漠然とした思いがあったからだ。

普段は行かないであろう新幹線の距離の会場にも足を運んだ。


その漠然とした不安は、当時は、やっぱり主にRYUICHIの状態ゆえだった。

それ以外にあり得ないと思っていた。

私は歌声は有限だと思っているので、よりそう感じていたのかもしれない。


だから、真矢の病気は本当に青天の霹靂だった。


「終わりが近いかもしれない」…なんて思っていても、全然覚悟なんてできていなかった。

妹と「どちらかに介護が必要になったら、もう1人が手を引いてでも、車椅子を押してでもライブに行こう」と話し合っていたくらい、活動の最後まで追うつもりだったが、まさかこんなに早くメンバーがいなくなってしまうなんて思ってもいなかった。


私は決して、熱心なSLAVEではない。

完全なる箱スレで、誰かのソロに行っているわけでもない。

でも、30年以上、ライブを観てきた。これからも見続ける。ただそれだけのSLAVE。


私にとってバンドとは「音楽」であると同時に「生き様」だ。

だからこそより思う。

真矢、最高にカッコいいよ!

最高の生き様じゃん!

SLAVEでいて良かったと、誇りに思える生き様を見せてくれてありがとう!


今も本当に悲しいし、涙だって出るけど、ただただこれからもライブを見続ける。


ご冥福を心よりお祈りいたします。

※これは、あまりに心が抉られすぎて今まで書けなかった思いを、献花式を機に書いたもの。

3月12日のライブを前に、もう一度、気持ちを整理するための、とっても独りよがりな文章です。


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