70億の迷子
優しくありたい。そう思う。
週末の上野駅で降りて美術館に向かう。今日の展示は縄文展。興味ある。見てみたかった。
その前に公園の中を散策する。そよそよと揺れる緑。揺らす風。陽の光。落ち葉。わたし。
縄文文化には昔から興味があった。一万数千年も戦争がなかったという。そんなこと、人間に可能なの? 素直に驚いた。
美術館でチケットを買う。結構並んでいた。そんなに多くの人が縄文に興味があるんだなと思う。でなければお金を払って展示を見たりなんかしないだろう。触れる。それは尊いこと。
展示内容は迫力があった。すごい! 火焔型土器や土偶、生活の様子、人生。なるほど、こんなものがあったんだよな。心から感心する。
わたしたちの宇宙は時に厳しい。心が痛くなる。そんなものを直視していたら死んでしまう。目を背けたい。その結果、歪みが生まれる。時代が悲鳴を上げる。混沌。
なぜ縄文人は平和だったのか? いろいろな仮説はある。なるほどと思うものもあれば、それはどうなの? と首を傾げるものもあるけれど、まあ、大抵は面白い。でも、それをわたしの生活に活かせるかというと、うーん、どうなんだろう?
平和でありたいとは思うよ。実際。でも、なかなかうまくはいかない。
君のことを思い出す。傷つけてしまった君。もう、どうにもならないこと。胸が痛むよ。悲しいなあ、どうしてこんなわたしで生まれちゃったんだろう。悲しい時はとことん悲しい。
縄文人はどうだったんだろう? 傷つけ合うこと、あったのかな? まったくないなんてこと、ないよね。そんな理想郷、信じられない。
だって、わたしたち人間。心がある。自由がある。共同体には傷が生まれる。それをなくすことなんて、癒すことなんて、できる?
わたしにはわからない。わからないよ。誰か教えてください。
わたしの研究結果によると、人間は切ない生き物だ。とことん切ない。秋の枯れゆく落ち葉よりも切ない。それは断言できる。
切ないから愛しあう。誰かを求める。救いを求める。
帰りの電車の中で音楽を聴く。ミスチルのギフト。わたしの心にどんなものが生まれるだろう。新たな発見。
楽しみだな。
(2024.10.24)
#なんのはなしですか
