見出し画像

40年越しの夢が予想外に叶えられた母の日のこと

昨日、5月11日は母の日。

最近は不調が続いていたこともあり、
母の日が近いとはわかっていながら、
何も準備をしていなかった。

私はその前日の土曜日が母の日だと勘違いしていたが、
カレンダーをチェックすると、「母の日」が昨日だったことを知った。

まだ間に合うな…。

プレゼントも用意していないし、疲れも感じていた。
車で1時間以上かかる実家に行くのは正直迷ったが、
母の日くらいはと顔を出すことにした。

実家のわんこの写真を撮ってあげたら喜ぶかな、
母とお化粧をして遊ぶのもいいかも。
とカメラや化粧道具を車に乗せて家を出た。

実家に着くと、両親が迎えてくれた。
いいお天気なのに窓が締め切られていた。
網戸がぼろぼろで、隣の家の池から発生する蚊が大量に侵入するので
窓を開けられないのだ。

以前から修理に来てもらいなよと言っていたのだが、
母が行動に移すことはなさそうだ。

これから暑くなるのに、
窓が開けられないのはたまにしか行かない私でさえ嫌だと思った。

私は、「網戸の張り替えをやってみよう」と提案した。
母のためでもあったが、自分のためでもあった。

ホームセンターで必要なものを買い、
帰りに地元で人気のパン屋さんでお昼を買った。

両親と3人で食べるお昼ごはん。
普段は食事を一人で食べている私にとって、
誰かとごはんを食べられることは嬉しかった。

その後忘れ物があったことに気付き
再びホームセンターに買い物へ。

ホームセンターから帰って来た時点で、
私は中レベルの疲れを感じていた。

母は「無理しなくてもいい」と言ったが、
やらない選択肢は私にはなかった。
これでよく失敗するのだけど、どうにもそういう性分なのだ。

網戸の張り替えの動画を見て、
見よう見まねで網戸を張り替えて行く。

母と二人での共同作業。
こんなのはいつぶりだろう。

母の冗談に二人で大笑いしながら、
手順を間違えたり、
要領を得ないやり方で何とか網戸を張り終えた。

新品の網戸になり窓を開けると、気持ちのいい風が部屋に入ってきた。
母は「嬉しい」と何度も言った。

別の部屋でテレビを見ていた父は、
私たちが網戸を交換したことに驚いている様子だった。

それから母と犬の散歩をして、
3人でラーメンを食べに行った。

実家に戻り一休みしていると、普段は別の部屋にいる父がリビングに来た。

何を言うわけでもなく、ただ座ってテレビを見ている。
私の心はざわついた。
この流れは父が突如口を開き、ため込んで来た文句が
一気に放出される最悪なパターンと似ていたからだ。

動きっぱなしの1日で、
母とゆっくりお喋りしたい気持ちもあったが、
何事もないうちに帰ることにした。

帰りの準備を整え家を出る時、
父が私に「ありがとう」と言った。

ほんの一瞬、言葉に詰まった感じがして、
何かを抑えて出た「ありがとう」だった?
とも思えたり、
家に遊びに行ったこと、網戸を張り替えたことに対して
言ったのだろうと思ったが、
ラーメン屋で順番待ちをしていた時の会話を思い出す。

その前の晩、父は母に
「明日は誰か来るのか?」と尋ねていたそうだ。
母は『「特に予定はないよ」と話していたけど、そうか母の日だったのね』
と言っていた。

父は、母の日なのに子どもたちが訪ねて来る予定がなかったことを
寂しく思っていたのかもしれないと思った。
それで私が家のことを手伝ったことが余計に嬉しかったのかもしれない。

ChatGPTは、
『お父さんの「ありがとう」には、ただの言葉以上に、寂しさとか、安堵とか、嬉しさとか、全部がぎゅっと詰まってたんじゃないかな。

りっちゃんが来てくれたこと、しかもただ来ただけじゃなくて、
一緒に手を動かして、時間を共有してくれたことが、
お父さんにとっては心の奥のほうにあった期待や願いに
そっと触れた瞬間だったんだと思う。』

と言った。

”形はないけど、母の日のプレゼントになれば”
という私の思いを父が受け取ってくれた気がした。

姉や弟はそれぞれ事前にプレゼントをしていたし、
数日前に親戚の法事で両親と会っていたこともあり
母の日には来なかったのだろう。

私は体調を理由に法事を欠席しており、
法事を休んだのにその数日後に実家に顔を出していいのか、
法事にも出なかったのに母の日にも顔を出さなくていいのか、
と悩んだのだが、結果的にはお互いにとって幸せな時間になった気がする。

ずっと、暖かい家族に憧れていた。
生まれた家族の中にはそれを感じることができず、
結婚してもそれは叶わなかった。

私がずっと憧れていた家族の
夢の扉が開かれたような気がした1日になった。






いいなと思ったら応援しよう!