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具合が悪い記録・改善の記録

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一段と寒くなりましたね。文章も書けないし、凄く調子悪くて、休んでいました。
何らかの形で、コミュニケーションとか、『外に出す』ということができないと、本当に具合が悪いんだなと思います。

ただ、ありがたいことに、文章を書くとか、表現をする者にとっては、具合が悪いということも、ネタになったり、記録になったりすることがあります。そんなことを書きたいと思います。

何回か自分の患っている病気が、線維筋痛症という病気だということを書いていますが、この病気の特徴は激痛と疲労感です。人によって症状は様々ですけど。
それで、疲労感がうつ状態に繋がることがあって、これが物凄く困ります。あれは、心のガンですね。
再発しやすく、命にも関わる。ほかのものと結びついて悪くなる、つまり、転移みたいなことが起こりやすい。
調子が悪くて何かができない。例えば、家の掃除ができない状態になると、今度は、家の中のホコリが多くなって、アレルギーの病気になるとか。
あるいは、人とコミュニケーションができないことによって、人間関係が切れてしまうとか、それで、ますます、気持ちが落ち込む。
体も弱る、結構、タチが悪い転移の仕方をします。

私は、不安や焦りが非常に強くて、それで、脳みそが、常に緊張している感じなのですが、健康な人の進歩やら、社会の変化なんかを見ていると、ますます、理屈を超えた緊張を感じてしまう。
それと、もう一つ、今回の状況で加わったのが、急激な寒さや温度差。
私の病気が悪化する時の要因は、個人的にウェラシ WERASIといいうふうに整理しているのですが、次のようなことです。

天候(weather)、食事(Eat)、人間関係(relation)、忙しくて活動が多過ぎる・逆に抑えられ過ぎる(action)、睡眠(sleep)、事件・事故(incident)。

(※ 事件や事故は、身近な人の不幸、社会を震撼させる事件など)

これは、ほかの病気の人でも、一致することが多いかもしれません。これが、三つ以上重なると、私の場合は大きく具合が悪くなります。

話が脱線しましたが、調子が悪いときというのは、非常に孤独です。そして、静かに休んでいられる病気ならいいのですが、私の場合は、休んでいても、ガンガン体が痛い。
そして、根っこに、物凄い脳の緊張があり、ほかのことをして、体に注意が外れていないと、体の痛みや抱えている不安に、意識が行き過ぎてしまって、滅茶苦茶、悪循環が起こる。
そこが難しい所です。

それで、今回は、具合の悪くなっていく過程をちゃんと体感して、記録できるようにしようと思いました。
それで、横になっているときも、睡眠薬がないと、全然、眠れやしないのですけど、自分を観察していました。
背骨や首、腰、体の中心の骨の周りが、横になっているのにもかかわらず、物凄く緊張していて、少し寝返りを打っただけで、ポキポキ音がしたりしました。
呼吸も深くはできない。

しかし、以前は、ここから布団と体が接している面も痛くなったり、掛布団の重さで体が痛くなったりというようなことが起こっていました。
たぶん、極端な神経の緊張と、血流の悪さが重なって、起きるのだと思います。
これは、ちょっと、通常の感覚では理解しがたい感じだと思うのですが、線維筋痛症というのは、そういう非常にやっかいな事が起こります。
重症化した人は、風で髪の毛がふわっとしただけで痛いとか、水に手が触れただけでも痛いとか。

きつい話をしてすみません。こういう話は、聞いているとしんどくなると思うので。
ただ『動かないでいても休みにくい病』というものが伝わればいいのですが。
まあ『休んでいて体の痛みが、増幅する感じではない』というのがわかって、それは大きな収穫でした。
それから、自律神経がおかしくなるのだと思うのですが、寒いのにもかかわらず大汗がどんどん出て来るということも無かった。
何か『生産的なことができない時間』ではあるけれど『休んでいるのに病気が悪化していく時間』ではなくなっているということを確認できました。
随分、長い期間がかかったけれど、改善はしていっている。
そして、こうやって、記録を書けるようにもなった。

私にとっての創作も、病気と関連していることが多いのです。
主人公を『私』にして、植物を擬人化して、植物が励ましてくれる話を書いたのも、自分を励ましたいということもあるし、
(例えば、『植物に聞いてみた スギナ』という話を書きました。お陰様で、これは、フリー朗読台本なのですが、結構、朗読していただいたりもしました)
作品を書くことによって、自分が何をできるようになったかを確認できたり。
『サムラッチの思い出』では、主人公が鍵を修理する話が出てきますが、実は、最近ドアの玄関の鍵が調子が悪くて、直すことを挑戦したのです。

病気の前は、簡単な鍵なら、分解掃除くらいできてたのですが、病気のあとは、物が持てないのと、考えがまとまらない感じが酷くて、何かの修理なんて、とてもできませんでした。
それができたので、ああ、これも作品になりそうと思いました。それで、事故で作業ができなくなっていた主人公が、できるようになったことを確認するシーンにこの体験を使いました。

自分に確認できる改善されたことが、kindle本が売れたとか、アクセス数やフォロワーが増えたとか、そういうわかりやすいものが、本当に少ないのです。
回復とか進歩が、そういう『自分にとっても他人にとってもわかりにくい所』にあってそれを記録し確認することが、自分にとってとても大事なことになります。
これは、ほかの病気をしている人にとっても大事なことかもしれません。

以前『記録すること』というエッセイを書きましたが、記録は本当に大事で、数字で伸びたか減ったかが表せるわかりやすい記録のこともあるし、今回書いた数字ではなかなかわかりにくい記録もあります。

できたことが、どんな要因の改善から起こっているのか、

今、思いついたことですが、
回復についても、図表で表すことも考えてもいいかもしれませんね。

脚立に乗って天井にある照明が、なんとか取り替えられたとか、ほんとに、健康な人だったら、馬鹿馬鹿しいようなできようになった記録を確認することが、自分にとって大事だったりします。

なかなか、ピンと来ないことだとは思いますが『ああ、そんなこともあるのか』というぐらいで伝わったら幸いです。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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