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ワインの「フェノレ」を科学する:ブドウ畑から始まるブレタノマイセスのドラマ

ワイン愛好家の間で「フェノレ」や「ブレット」と呼ばれる独特の香り(馬小屋、バンドエイド、汗をかいた馬など)は、時にワインに複雑さを与える要素とされますが、醸造学的にはブレタノマイセス・ブリュセレンシス(B. bruxellensis)という酵母が生成する揮発性フェノール化合物による「オフフレーバー(欠陥臭)」と定義されます。

モルドバのマイクロワイナリーを舞台に、この酵母が「どこから来て、どのように定着するのか」を追跡した興味深い論文を読んだので、その内容を整理して共有します。

参照論文: "The Brettanomyces bruxellensis Contamination of Wines: A Case Study of Moldovan Micro-Winery" Beverages 2025, 11(1), 3; https://doi.org/10.3390/beverages11010003

1. 汚染源に関する知見のパラダイムシフト

長年、ブレットは「セラー内(衛生管理、木樽の使用、熟成工程)」の問題と考えられてきました。しかし、近年の研究はこの認識を大きく変えています。

  • ブドウ果実が真の侵入経路: 2007年にブドウ表面での存在が確認されて以来、ブドウが汚染源となってワイナリーへ流入していることが強く示唆されています。今回の研究でも、毎年異なる遺伝子型のブレットが検出されたことから、収穫のたびに新しい菌株が畑から運び込まれている可能性が示されました。

  • 驚異的な定着力: 一度セラーに入ると、ブレットは厳しい環境(高アルコール、低pH、亜硫酸など)を生き抜き、数十年にわたってワイナリーの設備内に潜伏する能力を持ちます。また、バイオフィルム(微生物の膜)を形成して洗浄や熱への耐性を高めることも知られています。

2. ブドウ畑における増殖リスクと管理


ブレットのワイナリーへの侵入リスクは、収穫前の畑の状況に左右されます。

  • 果実の健全性と収穫時期: 酵母は、損傷した果実や熟成後期の果実でより活発に増殖します。つまり、「いかに健康な状態で収穫するか」が、セラーへの侵入を抑える第一防衛線となります。

  • 搾りかす(ポマース)のサイクル: ブレットは搾りかすの中で長期間生存できるため、これらが適切に処理されずに畑に残ると、翌年のブドウに再感染するサイクルが形成される危険性があります。

  • 拡散の媒体: 昆虫や空気中の塵も、この酵母を運ぶ手段となり得ることが報告されています。

3. モルドバのマイクロワイナリーにおける実態


資源の限られた小規模ワイナリーを3年間にわたり調査した結果、以下の事実が明らかになりました。

  • 汚染の蓄積: 2021年から2023年にかけて、年を追うごとにワインの汚染率と菌量が増加しました。これは一度侵入した菌が、設備の洗浄を潜り抜けて定着・増殖した可能性を裏付けています。

  • 白ワインも「菌の数」は変わらない: 意外なことに、菌の量自体は赤ワインと白ワインで大きな差はありませんでした。しかし、赤ワインはフェノール化合物の前駆体が多いため、オフフレーバーとして感知されるリスクがより高くなります。

この論文から読み解けること&個人的感想


■ ワイン生産の現場において
セラーの衛生管理を徹底していても、畑からの侵入を完全に防ぐことは困難であるという現実が示されました。

初期段階(マスト)からの早期モニタリング(qPCR法など)が、リスク管理の有効な手段となります。

※ 個人的には、日本国内における検査体制の整備は、業界全体の課題だと思っています。NZやオーストラリアでは、組合が検査機器を所有し、いつでも検査できる体制となっているようです。
なお、株)セルミミックでは、検査を承っています。

■ ワイン流通・インポーターの視点において
小規模生産者は高度な分析設備を持たないことが多いですが、この研究のような遺伝子解析は汚染源の特定に大きく寄与します。
産地の気候や収穫年の条件が、ブレットのリスクにどう影響するかを理解することは、品質の安定性を判断する一助となります。

■ ワイン愛好家にとって
「フェノレ」の香りは、時にワインの個性として語られますが、科学的にはブドウからワイナリーへと受け継がれる微生物の営みとも言えます。

これを良いとするか、不適とするか、難しいところです。

ブレットは揮発性フェノールだけでなく、バイオアミン(頭痛やアレルギー様症状の原因物質)を生成します。この点も注意が必要です。

ブレットの生態を知ることで、ワインが自然環境と醸造工程の積み重ねから生まれる農産物であることを、より深く理解して、どうとらえるか、今一度、考えてみていただけると幸いです。



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