さよなら、にこ | 彼女と過ごした4年5ヶ月
🐾出会いと別れ
愛猫「にこ」が亡くなった。推定5歳。
猫めがねのアイコンは、にこがモデルになっている。
(メガネはAIによる合成)
一緒に暮らし始めてから、まだ4年と5ヶ月だった。
保護猫だった「にこ」が我が家にやって来たのは、2022年の2月。
それまで13年いた黒猫が急死した後、予想以上のペットロスに襲われ、
「このままではおかしくなってしまう」と、新しい家族を探した。
その時、あるサイトで保護猫として里親を募集していたのがにこだった。
やんちゃで、食いしん坊で、甘えん坊の女王様。
そのくせ呼んでも返事はせず、代わりに黙って尻尾を動かす。
亡くなる少し前まで、名前を呼ぶと尻尾をパタンと動かしてくれた。
黒猫を亡くした喪失感を埋めるように迎えたにこだったが、
年老いて大人しかった先代とは大違いの、おてんば女王だった。
🐾女王様の猫パンチはご褒美
猫飼いにとって、猫パンチはご褒美である。
家に来た翌日には「前からいましたけど?」という顔で
あらゆる物に爪を立て、高いところへ飛び乗り、部屋中を駆け回った。
新築2年目の無垢材の床は、あっという間に傷だらけになった。
誰かがキッチンに立てば必ずカウンターに飛び乗る。
通り過ぎる家族が構うと、無言で連続猫パンチを繰り出す。
息子はわざわざ自ら頭を下げて、ポカスカ殴られて喜んでいた。
床に寝転がったにこをワシャワシャ撫で回すと、後ろ脚の連続キック。
この「必殺蹴り蹴り」も、私にとってはご褒美だった。
きれいに顔を洗って、保湿をした後に近づくと
せっかく整えた肌をザリゾリザリゾリと舐められる。
気持ちいいやら気持ち悪いやら、スキンケアはやり直し。
そこらじゅうに吐き散らかし、自分の寝床にまで吐く。
吐き戻しグセが強く、後始末も大変だった。
今となっては、何もかもが幸せな苦労だった。
🐾突然の発症、迫られる判断
それは突然の出来事だった。
水曜日の夜、夫は夜勤。その日は息子も宿泊行事で留守だった。
にこが床に倒れ込み、腰から下を振り上げるようにして、体をくねらせている。
ふざけてるのかな?
今までに無い動きだったので、スマホで動画を撮り始めた。
でも、何だか様子がおかしい。
これはふざけているんじゃない。
後ろ脚に力が入らないんだ!
立ち上がることが出来ないのだと気付いた。
めったに鳴かない彼女が、アオーンアオーンと声を上げた。
そして必死で前脚だけで玄関まで這って行き、下駄箱の陰に隠れた。
夜勤中の夫にLINEし、夜間救急動物病院に電話をかけた。
状況を話すと、出来るだけ早く連れて来てくださいと言う。
病院に着くと、順番飛ばしで真っ先に検査室へ運ばれて行った。
アオーンアオーンという鳴き声が待合室まで響き、胸が締め付けられた。
検査の結果、肥大型心筋症による動脈血栓塞栓症と診断された。
応急処置により一命は取り留め、痛みも和らいでいるが、
予断を許さない状況だという。
頭が真っ白になった。
昨日までリビングを駆けずり回っていたのに、心臓病?
毎年のワクチン接種と簡単な健康チェックは必ず受けていたが、
心臓が悪いとは思いもしなかった。しかもまだ若い猫だ。
心臓や後ろ脚の機能は、治療やリハビリで良くなりますか?と聞くと
若い医師は言葉を選びながら、にこの肺に水が溜まりかけていること、
予後が厳しい状況であることを丁寧に説明してくれた。
後ろ脚は冷たく、脈が触れないという。
麻痺が残る可能性が高いとも告げられた。
朝まで入院して容態を見ることになったが、
急変時の蘇生や延命措置についての判断を求められた。
夜勤中の夫と話し合うこともできず、一人で決めなければならなかった。
「無理に延命して苦しむのなら、自然に任せてください。」
この言葉を自分の口から言う日が、こんなに早く来るとは思わなかった。
空のキャリーケースを抱えて、自宅に戻った。朝までほとんど眠れなかった。
🐾お家に帰ろう
夜が明けて夫が帰ってきた。私は一日、仕事を休むことにした。
僅かな仮眠を取り、二人でにこを迎えに行った。
検査結果や経過報告書をもらい、その足でかかりつけに向かった。
かかりつけ医からの説明も同じようなものだった。
今後は自力でトイレに行くのは難しくなることと、
血栓症を起こした心臓は既に末期の状態であること、
急変が起こることを覚悟しておくようにとも言われた。
こうして、介護が必要になったにこを家に連れて帰った。
家に着くと、キャリーケースから這い出して床にごろりと寝転がった。
安心したのだろう。呼吸は早いが、病院にいる時よりリラックスしていた。
リビングの床にマットやペットシーツを敷き、柔らかいタオルも用意した。
動かない後ろ脚の褥瘡(床ずれ)が心配だったが、
人の手を借りることなく、鳴きながら自力で体位を変えていた。
🐾最期のとき
翌日は仕事を休むわけにもいかず、子供達も学校があった。
一人、また一人と家を出て行くたびに、にこは頭を上げて外を見た。
最後に残った私は、遅刻ギリギリの時間まで彼女に寄り添った。
一人にすることを詫びながら、身を切られるような思いで家を出た。
夫が午後、早めに帰宅してくれた。
「にこの体をブラッシングしたよ」とLINEが来た。
気持ち良さそうに喉をゴロゴロ鳴らして、失禁したという。
拭いてやろうと後ろ脚を上げると、声を上げて痛がったそうだ。
時間が過ぎるのを待ち、終業時刻と同時に職場を飛び出した。
土日は休みなので、ずっと一緒にいてあげられる。
急いで帰宅し、頭や体を優しく撫でて話しかけた。
にこはしばらくマットの上で寝ていたが、
やがて落ち着かない様子で這い回り、
リビングの窓辺や部屋の隅に移動した。
何度目かの移動の後、大量に未消化のエサを吐いた。
脚が動かなくなる直前に食べていたカリカリだろう。
その後は床の上にぺたんと伏せてしまった。
前脚の肉球には汗をびっしょりかいていた。
伸びかけていた爪を切ってやり、シリンジを使って薬を飲ませた。
深夜になったので、2階の部屋で休むことにした。
そっと抱きかかえて低反発クッションの上に寝かせ、
にこの額に自分の額を押し付け、体を撫でながら「おやすみ」と言った。
生きている彼女を見たのは、それが最後になった。
翌朝早く、私がいつも座っている椅子の下で、にこは死んでいた。
体には、まだほんの少し温もりが残っていた。
一人で逝かせてしまったことを詫び、抱きしめた。
火葬場に連れて行く時間まで、冷たくなったにこと過ごした。
遊び過ぎてボロボロになったおもちゃと、にこの体を箱に入れて
周りをたくさんの花で飾った。部活を休んだ息子も手伝ってくれた。
🐾置き土産
日曜日は寝坊をしたが、上から下まで部屋を掃除して回った。
とにかく忙しく動いてないと、涙が溢れてしまう。
夫に「にこはあなたに最後にブラッシングをしてもらって、
気持ち良くて嬉しかったんだね」と言うと
「あ。今その話はやめてくれ。だめだ。」と、彼は背を向けた。
掃除機をかけた後も、にこのヒゲを宝探しのように見つけた。
彼女がどこかに蹴り飛ばしていたおもちゃも出てきた。
ヒゲは写真立ての中に、おもちゃは首輪と一緒に写真の前に置いた。
水曜日の夜からずっと張り詰めていたので、肩や背中が凝っていた。
家にいても塞ぎ込むだけなので、久しぶりにホットヨガに行くことにした。
頭を下げるポーズの途中でヨガマットを見ると、にこの爪痕があった。
リビングにマットを敷いてストレッチをしている時、
彼女はよくマットの上に乗ってきた。その時についた爪痕だろう。
ホットスタジオの熱気の中で、汗と一緒に涙がこぼれた。
今もリビングに一人でいると、
かすかに首輪の鈴の音が聞こえる気がして、
彼女がどこかに隠れているような気配を感じてしまう。
我が家に来てから4年5ヶ月。
にこは与えられた命を生き切った。
いつかまた会うその日まで。
さよなら、にこ。

