〔青ブラ文学部〕五文字の言葉
「ねえ、これって前の奧さんのことでしょ?」
半年前から同棲している明美が、本棚の奥から俺のノートを見付けてしまった。薄いノートの、最後のページを突きつけてくる。
「やめろよ。人の詩を勝手に読むなんて悪趣味だぞ」
取り上げようとするが、明美はサッと身をかわし、ノートの詩を読み上げる。
『あの朝きみは笑ったね
キラキラした瞳で僕を見つめて
僕がやっと言えた
五文字の言葉を
そっと受けとめるように』
「ね、奧さんには飽きてたんじゃなかったの?何よこれ」
説明するのは面倒だが、放っておけばもっと面倒になりそうだ。ため息まじりに答える。
「いや、それは彼女との最後の朝だから、ちょっと美化しただけ。詩と真実が違うことぐらい、よくあるだろ」
「えっ!最後って、車ごと崖から転落して亡くなる前の……」
「そう。続きを読んでみろよ」
明美は素直に読み始める。
『きみはその言葉を胸に抱いたまま
どこへ旅立ったのか
代わりにあの微笑みを
僕の胸に焼き付けて』
「ほんとだ……陳腐だけど、奧さんへの愛は感じるかも」
「陳腐は余計だ」
明美からノートを取り上げたが、なおも彼女は問いかけてくる。
「ね、五文字の言葉って何?『愛してる』?」
「いや……秘密だ」
明美がハッとしたように言う。
「その声のトーン、私の方向性が違うのね。じゃあ例えば……そうね」
明美の声に、思わずドキッとしてしまう。
「五文字の言葉は『愛してた』『好きだった』か、もっと直球で『別れよう』。キラキラした瞳は涙で濡れていたからで、そんな予感がしていたから寂しそうに笑っただけ。これで辻褄が合うわ。奧さん、傷付いて悲しくて、それで崖から……」
段々と明美の声が低くなる。俺は「それは真実じゃない」とだけ言い残して部屋を出た。
明美は妙に勘が鋭い。それが小気味よいこともあれば、邪魔な時もある。今は後者だ。まだ少し、思い違いがあるが。
妻は逆のタイプだった。良く言えば大人しくて従順、悪く言うと愚鈍で自分の意見がない。何を話しても、ただ素直に相槌を打つだけ。最初はそれが新鮮だったのだが、徐々にイライラするようになってしまった。時には打てば響くような会話が楽しみたいのに、妻にはそれが無理だったのだ。だから飽きた。何の罪も無い彼女に、嫌悪感を抱くほどに。
あの詩は罪の意識から逃れたくて、都合の良い真実だけを書いたのだ。そう、明美の想像は大筋で合っていた。ただひとつの点を除いては。
あの朝、妻に言った五文字の言葉。それは、
「死んでくれ」
だった。
(完)
こんばんは。こちらに参加させていただきます。
暗い話になりましたが、何とか久々に参加できました。
山根さん、お手数かけますがよろしくお願いいたします。
読んでくださった方、ありがとうございました。
