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恋愛小説として読む「ハンチバック」

とても語りづらい作品だ。

市川沙央「ハンチバック」

非常に短い作品で文庫本にして79頁しかない。
文章もわかりやすく、一人称で描かれる。
そういう意味では読みやすい作品ではある。

しかし、芥川賞受賞時に大きなニュースにもなったように、小説の主人公と同様、著者は先天性ミオパチー という重度障害者であり、人工呼吸器と電動車椅子を常用しなければいけない。

誰も知らない当事者の声。
これが、この小説の本質だ。
だがそこにだけ目を向けてしまうと、この小説は、「もっと障がい者の方が生きやすい世の中になるよう、差別に敏感になろう」などといった正しくつまらないことしか言えなくなる。

この小説を読んで、僕自身、いくつも勉強させられたし、まさか「紙の本が好きだ」ということすら差別の一種であるとは思いもよらなかった。
著者の「「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた」といういい回しは切れ味よく痛快だ。
優生思想。
「モナ•リザ」スプレー事件。
ロー対ウェード判決。
(文庫本に収録されてある著者と荒井裕樹の往復書簡は非常に勉強になる)
知れば知るほど生半可な知識で、この小説を語るのは避けた方がいいような気がしてしまう。
しかし、それこそが「差別」なのだと、この小説は言っている気もするので、であるなら、無知を承知で、「物語」として読んだこの小説の感想を書きたい。

まず出だしに度肝を抜かれる。
『都内最大級のハプバに潜入したら港区女子と即ハメ3Pできた話(前編)』というタイトルの後、ライターのミキオのハプニングバー体験記がノリノリで描かれる(しかし、この後、4人の登場人物がいるのに、なぜ4Pではなく3Pになってしまうのかは不可解だ)。
これは、主人公釈華の書いた男性向けネットメディアの風俗体験談であることがわかる。
釈華は重度障害者であり、グループホームの一室からほとんど動くことはない。
男性向けの風俗体験談や女性向けの復縁神社20選などのコタツ記事(取材をせずネット情報のつぎはぎでつくられたPV稼ぎの記事)で稼いだ金を居場所のない少女などに寄付している。

なぜ釈華は、そんなことをしているのか。

釈華は通信制大学で障がい者の表象文化論を研究している。
そこには、指導教員も仲間もいるはずで、その意味ですでに釈華は社会とつながっている。

それでも、彼女が風俗体験談を書き続ける理由。
〈妊娠と中絶がしてみたい〉
誰にも見られないような匿名アカウントで呟かれる言葉。
これこそが、彼女の本心だった。

その後、田中というヘルパーが、なぜか釈華のSNSアカウントを特定したことを彼女に告げる。
田中は包茎手術をしているような描写もあって、おそらく女性へのコンプレックスを持ち、ヘルパーでありながら障がい者に対する蔑視もある。
釈華には、両親から受け継いだ莫大な遺産がある。田中は釈華から性行為に「1億5500万円(田中の身長155cmに100万円をかけた額)」を出すと言われ、彼女の部屋でことにおよぼうとする。

この時、歪ではあるものの、田中と釈華のやりとりには、少し「恋愛」のようなものを感じられる。
そんなわけはない。
と、読んだ人は言うかも知れない。
田中はよくに目が眩んだ俗物ではないか、と。
しかし、田中が、釈華の裏垢を特定するほどに彼女に執着したのは、彼女に莫大な遺産があるからだけではない、と僕は思う。
それだけで、そこまで人は人に執着できない。

田中は釈華のことを気に入らなかった。
努力せずして自分が望む以上の金を持ち、そのおかげで余裕があり、すぐに高額なVRゴーグルを寄付をすると言う。
彼女は、おそらく容姿も良く(容姿端麗な父と母を持つと本人が言う)そのことも田中を刺激したかもしれない。
田中は、本当はもっと普通に釈華と仲良くなりたかったのではないか。
しかし、その方法がわからなかった。
それゆえ、彼女からお金で買われようとしたとき、ひどく動揺したのだ。
行為の前、田中は釈華に「おいで」と言う。
それは、釈華の裏垢で「(男がその言葉を言うと)虫唾が走る」と書いていたことだが、おそらく、釈華は、それを男から言われたかった。
そのように田中は解釈した。
田中は必死に釈華の夢を叶えようとしたのではないか。

行為の最中も、田中は決して乱暴にするのでなく、釈華に言われた通りに動き、それは「ゆっくりと丁寧だった」と、釈華も思う。
その行為の結果、釈華が死にかけたことで田中はお金も行為も諦めて、グループホームを退職する。
「お大事に」と言った田中は、本心から、彼女を気にかけていたのではないか。

そして、釈華自身、田中との恋ともいえないような不思議な関係を楽しんでいたようなふしが見える。
そもそも、本当に妊娠し中絶することが目的であれば、口淫をする必要が全くない。
はじめから、挿入したほうが、間違いなく妊娠の確率はあがる。
けれど、釈華は田中に口淫を望む。
しかも、精子を飲みたいとまで言うのだ。
なぜ、釈華は口淫にこだわったのか。
釈華は口淫の最中、「田中さんのルサンチマンを吸っている感じで、いい」と思う。
田中との行為を楽しみたい。
まさに、その気持ちが、彼女をかりたてたのではないか。
釈華と田中の駆け引きは、どこか恋愛前の男女のかけひきを思わせる。

釈華の欲望とは、「妊娠して中絶すること」と本人は言うが、それは障がい者としての自身を理論武装した彼女の言葉ではないのか。
僕には、彼女が「普通に恋をしたい」と言っているように見える。
障がい者だから、恋をしない、性欲がない、承認欲求がない、悪意がない、と思うこと。

それこそ、あなたたちの勝手なイメージですよね?

と、この小説に言われている気がする。
しかし、少し美談じみた解釈をしてしまうのも、僕が釈華や田中のことをそのように見たいだけかもしれない。

なにせ、最後の数ページでは、田中の妹らしき風俗嬢が、その後、田中が釈華を殺して捕まったというような話をはじめる。

けれども、僕はそんなことあるか? と思ってしまう。
それこそ、そんな話は「小説(つくりもの)」すぎる。
おそらく、このエピローグも釈華の小説という設定ではないのか、と思える。
なにせ、小説の冒頭のコタツ記事を書いていたのは、ライターのミキオであり、エピローグの風俗嬢の客はミニオ。
風俗嬢の源氏名は紗花で中学2年で兄は犯罪をおかし、釈華は中学2年から重度障害者になる。
釈華と紗花には、共通点が多過ぎる。

釈華が小説も書いていたことは、本人が語っている通り。
田中との別れの後、釈華は田中に殺されることを夢想しながら、田中の妹に転生する小説を書いていたのではないか。
「私に兄などなく、私はどこにもいないのかも。」
風俗嬢の紗花の言葉はわかりやすく示唆的だ。
それは、彼女自身が釈華の創作した人物であることの示唆であるように読める。

「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」
これが釈華の夢だった。
ラストは、その夢が成就されたと考えるとハッピーエンドにも読める。

もちろん、全て僕の勝手な解釈だが、こう読むと、なにか悲しい恋愛小説を読んだような気がしてくる。

もし、そう読めないのなら、そんな社会こそがおかしいと、この小説が言っていると思うのは、それこそ深読みしすぎなのだろうか。