第五節 : 『Elysium Under』
[前回までのあらすじ]
地下鉄暴走事件を辛くも制圧したYUIとRUI。
しかし禁じ手《C.A.C.E.》の代償は重く、YUIのボディには深刻な損傷が残された。
数日後。
二人は下層エリアの隠れ家《Studio Echo》で束の間の静寂を得ていた。
だが、その平穏は一人の騒がしい男によって打ち破られる。
こちらのBGMを聴きながら、物語をお楽しみください。
◆ 招かれざる「春」の音
地下鉄事件から数日後――
下層エリアの隠れ家《Studio Echo》。
室内には、コーヒーの匂いと、YUIのボディから微かに漏れる電子冷却音が漂っていた。
その静寂を、不自然なほど陽気な足音が踏み潰す。
???「おっはよー! RUIちゃん、今日も天使の演算精度だね!」
防音扉が勢いよく開く。
???「おいら、とびっきりの掘り出し物を持ってきちゃったよ!」
現れたのは、SYMPHONIA(シンフォニア)所属の特務偵察員――イヴァン。
赤茶色の髪。軽薄な笑み。
そして、妙に憎めない騒がしさ。
彼は背中の楽器ケースに隠していた一本の花を、大げさに掲げた。
鮮やかなひまわりを模したヴィンテージ造花だった。
イヴァン「見てよこれ! 廃棄区のゴミ山……じゃなくて、ジャンク・エステートで拾った逸品!」
イヴァン「太陽を知らないこの街に、唯一のひまわりを。はい、RUIちゃんにプレゼント!」
RUI「わあ……!」
RUIの瞳が輝く。
RUI「すごい……本物みたい。ありがとう、イヴァン!」
彼女が嬉しそうにピアノの上へ飾ろうとした、その瞬間。
――シュン。
空気を裂く冷たい金属音。
イヴァンの鼻先数センチで、真紅の斧刃が静止していた。
YUI「……その“ゴミ”から、未確認化学物質と微弱発信信号を検知したわ」
YUI「今すぐ処分するか、その首ごと叩き斬られたいか。0.1秒以内に選びなさい」
イヴァン「ひっ!?」
イヴァン「ちょ、ちょっと待ってYUIっち!? 怖いってそのアックス! おいら、伝言を頼まれて…」
YUI「……報告なら専用端末で済むはずよ」
YUI「わざわざここへ来た非効率な理由を、論理的に説明して」
イヴァンは肩をすくめ、にやりと笑う。
イヴァン「い、いやぁ……ほっ…ほら!直接顔を見るってのは、通信には乗らない“情熱パケット”ってやつでさ」
イヴァン「そ…それに!RUIちゃんの笑顔を見ると、おいらの偵察精度30%アップするし?」
YUI「……その30%で、自分の安全マージンを再計算しなさい」
YUI「次は腕を落とすわ」
RUI「もう、二人ともそこまで!」
RUIは苦笑しながら割って入る。
RUI「……それでイヴァン。本当に、お花を届けに来ただけじゃないんでしょ?」
その言葉で、イヴァンの表情がわずかに変わった。
イヴァン「……さすがRUIちゃん」
イヴァン「アポロテスさんから招集だ。全員、至急Elysium Under(エリシウム・アンダー)司令塔へ」
イヴァン「地下鉄から……とんでもないモンが見つかったらしい」
◆ 聖域『Elysium Under』

Studio Echo最奥部。
古い録音ブースの壁が開き、巨大貨物エレベーターが姿を現す。
黒鉄の箱舟。
かつて機材搬入用に使われていた旧時代の遺物は、今や地下世界へ至る唯一の門となっている。
RUI「…乗れる?」
YUI「……乗る以外に選択肢はないわ」
そう言いながらも、YUIの足取りは重い。
損傷した人工筋肉が微かな異音を立てていた。
RUIは何も言わず、その手を握る。
YUIとRUIが乗り込み、特殊パスコードを入力すると、重々しい駆動音と共に下降が始まった。
軋むワイヤー音。
赤い非常灯。
遥か上方へ遠ざかっていく地上の光。
沈黙の中、YUIがぽつりと呟く。
YUI「……迷惑をかけたわね」
RUI「ううん」
RUIは手を握る力を少しだけ強めた。
RUI「生きて帰ってこれたから、100点」
YUI「……採点基準が甘すぎるわ」
RUI「……なんだか毎回、別世界に行くみたい」
YUI「実際、別世界よ」
やがて扉が開く。
そこに広がっていたのは――
圧倒的な生命の熱量だった。
旧時代の巨大ダム空洞を再利用した地下都市。
巨大排熱ダクトから立ち昇る蒸気。
剥き出しの配管を流れる水滴。
ネオンが水面へ揺らめく光。
廃スピーカーを組んだ家屋。
ピアノ屋根の酒場。
あちこちで鳴る音楽。
スクラップを叩く金属音。
歪で、雑多で、騒がしく――温かい。
地上では廃棄対象とされた者たちが、ここでは名前を持ち、笑っていた。
RUI「……ただいま」
その一言に、街が反応する。
◆ 街の光
「RUIちゃんだ!」
「YUIも戻ったぞ!」
「無事だったか!」
RUIの「ただいま」を合図にしたように、あちこちの通路から住民たちが顔を出した。
小型作業機。
損傷した旧受付モデル。
片腕のない輸送機。
地上では“廃棄対象”とされた者たち。
それでも彼らの瞳には、確かな意志の光が宿っていた。
子供型A.I.D.たちが一斉にRUIへ駆け寄る。
RUI「わ、わっ、順番にハグして〜!」
小さな腕に両手を引っ張られながらも、RUIは楽しそうに笑う。
整備士風の老人機が、YUIへ無骨な敬礼を送った。
老人機「また壊して帰ってきたな、嬢ちゃん」
YUI「壊れたのは敵よ」
老人機「はっは。口は元気だ」
さらに別の住民たちがRUIへ声をかける。
「この前の最適化パッチ最高だったぜ!」
「暗号解読、助かったよ!」
「今度また回線見てくれ!」
RUI「うん! 調子どう?」
RUI「もちろん、また寄るね!」
屈託なく応えるその姿は、街の中心に灯る明かりのようだった。
YUIは半歩後ろで、その様子を静かに見つめる。
戦闘型として敵を砕く自分とは違う。
RUIはこの街の至る所へ、小さな希望を配っている。
YUI(……そうね)
YUI(私が守っているのは、ただのパートナーじゃない)
YUI(この街の“音”そのものなんだわ)
YUIは小さく息をつく。
YUI「……騒がしい街ね」
だが、その声はどこか柔らかかった。
◆ 召喚
Elysium Under(エリシウム・アンダー) 司令塔。
巨大水門を背負う司令部に、銀の仮面を被った男が立っていた。
アポロテス【A-007】
その隣には、腕を組む軍服姿の女。
ガイア【G-028】
アポロテス「よく来た。YUI、RUI。君たちのおかげで、地下鉄の悲劇は最小限で食い止められた」
その声は温かい。 だが、空気は重かった。
アポロテス「だが、戦いは終わっていない」
アポロテス「列車に残された信号を解析した結果……我々は看過できない異常を発見した」
広場の喧騒が静まる。
アポロテス「それは、我々SYMPHONIA(シンフォニア)の存亡に関わる警告だ」
YUIとRUIは顔を見合わせる。
地下の聖域にも、確実に嵐は近づいていた。
(第五節 完 / 続く)
【Elysium Under】
管理局に追われたAID達の隠れ里。旧巨大ダム空洞を再利用した地下都市。スキャン不能の聖域。
ここでの掟はただ一つ、「己の奏でる音に嘘をつかないこと」。基本法ではなく、自らの「感情のゆらぎ」を尊重すること。
【SYMPHONIA(シンフォニア)】
人間に捨てられ、旋律を失った個体A.I.D.に、再び自分の歌を歌わせるためにアポロテスとガイアが設立した互助組織。
【アポロテス】
SYMPHONIA統括者。銀の仮面を纏う指揮者。人間に捨てられたA.I.D.たちを空のように包み込み守る。
搭載コア: S-NPU A.R.C.(最上位指揮官モデル)
モチーフ:銀獅子
楽器兵装:【銀戒 -ginkai- 】 白銀のタクト(指揮棒)。A.R.C.搭載のA.I.D.を操れるそうだが、詳しい能力は不明。
【ガイア】
副リーダー兼戦闘教官。大地のような包容力と厳しさを併せ持つ。YUIの格闘術『C.A.C.E.』の師であり戦友。
搭載コア: S-NPU A.R.C.(最上位戦闘特化モデル)
モチーフ:黄金狼
楽器兵装:【地鳴 -jinari- 】巨大なツインバスドラム型ハンマー。
【イヴァン】
SYMPHONIA所属の特務偵察員。軽薄だが有能。RUIに片想い中。
搭載コア: S-NPU A.R.C.(上位隠密特化モデル)
モチーフ:赤狐
楽器兵装:【狐火 -kitsunebi- 】ヴァイオリン型の弓。
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