【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯24『音楽室の肖像画たち』
♯24『音楽室の肖像画たち』
文字数:約1,600字
ある中学校の3年B組の生徒たちが、移動授業で音楽室にやってきていた。
授業がまだ始まる前に、教室の後方で友達とふざけあっていた男子グループのうちのひとりが、それに気づく。
「ベートーヴェンから血が出てない?」
音楽室後方の壁にずらりと横一列に並んでいる音楽家たちの肖像画。
たしかに、飾られてあるベートーヴェンの肖像画に、血のようなものが付着しているように見えた。肖像画はどれも年季が入って色褪せているため、左鼻穴から顎にかけて垂れて来ているかのような鮮やかな赤色は、浮き上がって見える。液体のような光沢も放っているのだ。
「〝血を流すベートーヴェン〟って学校の怪談にあったよな」
どうせ赤い絵の具でも飛んだんでしょ、と誰かが口にするが、ここは美術室ではなく音楽室だ。
どうしても確認しないと気がすまなくなった発見者の男子が、机をひっぱってきて、天板に乗り、ティッシュで拭き取ってみる。拭き取ったときの感触には滑り気があり、拭き取った色には黒味がまざってもいて、やはりリアルな血液を彷彿とさせる。最後に自分の鼻をティッシュに近づけて匂いを嗅いだ。
「……うっ。やっぱこれ血だ。ベートーヴェンの鼻血!」
発見者の男子が床に向けてティッシュを放り投げると、他の男子たちが拾い上げてどれどれと匂いを嗅ぎ、「うえっ、ガチじゃん! パス!」とキャッキャッと押し付け合いを始めたのだった。女子生徒たちは皆シラケた顔つきで動物園の猿でも眺めるように見守っていた。
◯
別な日、この日も3年B組の生徒たちは、移動授業で音楽室にやってきていた。
またベートーヴェンが鼻血でも出していないかと思い、男子たちが肖像画に目を向ける。
「……残念。今日はさすがに無血だったか」
「おい! となりの白いスパゲティヘアーのモジャモジャおっさん見てみろよ」
「バッハな、それ…………って、目に青タン出来てんじゃん!?」
なんとこの日は、バッハの肖像画が、右目の周りに青あざを作っていたのだ。
これには傍観していた女子生徒たちも驚いた。
仲間に加わった女子生徒のひとりが指摘する。
「バッハの隣のドビュッシーがめっちゃ不気味に笑ってるんですけど……」
ひげづらのドビュッシーはまるで映画『シャイニング』のジャック・ニコルソンさながらの邪悪な面相になって、となりのバッハを嘲け見ているような絵面に変わっているのだ。
次から次へと可怪しさを指摘する声が教室のあちこちから上がっていく。
「一番端っこにいるショパンもよく見るとクスッと笑ってない?」
\ほんとだ笑ってる!/
「シューベルトがいつも以上に髪の毛乱れてない!?」
\ほんとだ乱れてる!/
「今気づいたんだけど、ショーペンハウアーの肖像画が混じってる! あの人、哲学者だよ?」
\べつにいいじゃん指揮者っぽいし!/
「見て見て! メンデルスゾーンが泣いてるよ!」
「誰そのカッコイイ名前の人、どこ?」
「髪の毛がちょっと、きちゃってる感じの」
\ほんとだきちゃってる!/
「もしかして、うちの音楽室の肖像画たち……真夜中の音楽室で殴り合ってる?」
音楽の方向性の違いからなのか、飾られている順番をめぐっての対立なのか、理由は定かではないものの、どうやら夜の音楽室は、音楽家たちの肖像画(+哲学者一名の肖像画)が殴り合うファイトクラブになっているようなのであった。
以来、この中学校の3年B組では、いっときの間、賭け事遊びが流行ったらしい。そのおかげか、音楽家の肖像画のテスト問題はクラス全員が全問正解だったという話だ。
(了)
