【怪談ショートショート集 怪怪談談】 ♯33『ストーカー・スニーカー』
♯33『ストーカー・スニーカー』
文字数:約3,240字
大学を無事に5年間で卒業し、この春から新社会人を迎える女性がいた。
引っ越しを数日後に控えた彼女は、学生アパートで荷物整理を行っている。
新居のマンションに持っていく物と処分する物を選別していた。
昨年大学を卒業して行った元彼との思い出の品はこの機会に全捨て。
読まなくなった漫画や雑誌もまとめて処分しよう。
服も少し多いから減らそう。
お気に入りのビーズクッションは持って行く。
「この靴もお気に入りなんだけど……どうしようかな」
と、手に取って悩んでいるのは5年間履き潰した愛用のスニーカーだ。
大学生活初日から、まさかの留年という衝撃を経て、こんにちの卒業に至るまで、苦楽を共にした戦友である。
彼氏よりも一年長い付き合いになったため、いわば彼氏以上の間柄だ。
だいぶボロくなっているが、まだ履けなくはないし、なにより愛着がある。
しかし、新しいスニーカーはもう買ってしまってもいた。
「よし、捨てましょう!」
元彼との思い出の品に分類にして、すっぱり割り切る。
そうして燃やせるゴミの袋に詰めて、翌朝、集積所に出した。
◯
「えっ、なんで?」
食品の買い出しから学生アパートに戻ってきた女性は、玄関を開けた途端に驚いた。
朝、集積所に出したはずのスニーカーが内玄関のたたきの上に、きっちり揃え置かれていたからである。
外出しているうちに誰かが屋内に侵入したかもしれないと思い、室内をチェックするが、どこにも荒らされた形跡はなく、失くなっているような物も確認できなかった。
外出前と変化しているのは、捨てたはずの古いスニーカーがそこにあるというだけ。
「まさか、ひとりでに戻ってきた?」
怪談でかたられる人形のように所有者のもとへ帰って来たとでもいうのだろうか……。
にわかには信じがたいが、スニーカーは確実にゴミ袋に入れて捨てたのだ。
女性は薄気味悪く思いながら、室内にあったレジ袋に、そこに在ってはならないはずのスニーカーを詰め、アパートの玄関を出た。
最寄りよりもちょっと離れたところにあるコンビニまで足を運び、店員さんに申し訳ないと思いつつも、燃えるゴミのボックスへと、手に携えていたスニーカー入りレジ袋を投入する。その後、迷惑料代わりに店内でジュースとお菓子を買って帰宅した。
◯
翌朝、目が覚めた彼女はベッドから飛び起きて真っ先に玄関を見に行く。
そして落胆した。
「やっぱり……戻ってきてるんだ」
コンビニのゴミ箱に捨てたはずのスニーカーは、また、たたきの上にきっちり揃え置かれてある。
もう疑いようはない。
「捨ててダメなら、売ってみようか」
その日のうちにリサイクルショップに持ち込むと、
「買い取り金額は1万円になりますが、よろしいですか?」
予想以上に高く売れた。
ボロくて買取不可になるのではないかと心配していたくらいなのに、現在ではそれなりにプレミアが付いている品になっていたらしいのだ。ひとりでに帰って来る不気味な靴ではなかったら、もう少し価値が上がるまで保管していたかもしれない。
「もう帰って来ませんように!」
店を出たあとに手を合わせて祈り、一人焼肉専門店に向かった。
◯
「売ってもダメだったか……」
翌朝、スニーカーは玄関の定位置に戻ってきてしまっていた。
「もしかして中古屋に持ち込んで勝手に戻ってきてを繰り返せば新年度から働かずに済むんじゃない?」
あくどいことを閃いたが、売り物が消えた店の人のことを想うと申し訳ない。
なにより、もう二度と帰ってきて欲しくないのだ。
「近場じゃダメなんだきっと。戻ってくることができないような、もっと遠くじゃないと……そうだ!」
◯
新居マンションへ引っ越しをする当日の午前中、彼女は配送会社の窓口に来ていた。
手には小包を抱えている。
「ネットフリマで売れた商品を送りたいんですけど、手続きはどうすればいいですか?」
アプリ導入から始めたまったくの初心者だったけれど、秒で買い手がついた。
押し付けることになるからと、送料込みで300円という完全に赤字な破格の値段設定が功を奏したのだろう。
送付先は空輸が必要になりそうな離れた県で、申し分ない。
というわけで、梱包されているのは例のスニーカーである。
同年代に見えるおかっぱ頭の窓口担当職員が引き受け手続きを進めてくれている中、胸の内で静かに祈りをささげる。
『貰い手はきっと大事にしてくれる人だから、もう絶対なにがあっても戻って来るんじゃないぞ』
そして手続き完了後、
「よろしくお願いします!」
清々しい別れの挨拶を告げて配送会社をあとにした。
◯
その日の夜を迎え、新居マンションへの引っ越しを無事済ませた女性は、ダンボールだらけの部屋で伸び伸びしていた。
処分に手間取ったスニーカーも今頃は飛行機に乗り込んで新天地へ飛び立っていることだろう。
自宅も変わったことだし、もう戻って来るようなことは――
ピンポ~ン♪
鳴り渡った呼び鈴に、玄関を振り返って眉を潜める。
引っ越し当日の夜にいったい誰がやって来たのだろう?
来客の予定など無い。
怪訝に思ってドアホンに目を向けると、玄関前にいる人物の顔が、午前中に配送会社で荷物を手渡していたおかっぱの窓口担当職員とよく似ている。モニターに顔を近づけてよく確認すると、やはりそうだ。ハンドバッグを肩から下げた私服姿になっているが、あの配送会社のおかっぱ職員なのである。
「今日お預かりした荷物のことで、お話が……」
モニター越しの深刻そうな表情が気になり、すぐ玄関へと向かう。
向かいながら考える。配送会社で一時保管中に『紛失』してしまったため謝罪に来ました、とかだったら少し不安。いっそのこと紛失のままになってくれれば逆に有り難いのだけど。
と、玄関ドアを押し開けた途端、
おかっぱ職員がいきなり抱きついてきた。
「どうして私を捨てるの!?」
「えっ、なに、なに、なに!?」
「5年間も一緒だったのに!!」
ゾワッと悪寒が駆け抜け、足元を見ると、おかっぱ職員が履いているのは、例のスニーカーなのだ。
「…………」
「お願いだからもう捨てないで!」
「…………」
「これからも私を履き続けて!」
「…………履く。履くよ」
女性がそう答えると、おかっぱ職員は安心したような笑みを浮かべ、ふっ、と気を失った。
もたれかかって来た体を廊下に寝かせて、スニーカーを脱がせる。流れ的にこのあと正気を取り戻すことになるであろうおかっぱ職員が帰る際には、仕方がないので、新調したてのスニーカーを、貸し与えてやることにする。
たたきの上に落下してしまっていたハンドバッグを回収しようとして、蓋が開いてしまっていたために中から物騒な物が頭を覗かせているのを見つけた。
がに股にしゃがんで取り出すと、包丁だった。
何秒か前に『二度と履かない』と答えていたら、倒れ伏すことになっていたのは自分だったのではないかと思い、心底恐怖し、同時に心底ホッとして、気が抜けたように微笑む。
その最悪なタイミングで、おかっぱ職員が意識を取り戻した。
「きゃーっ!? 人殺しぃぃぃいいいいいいい!!」
(了)
