とられてたまるか!?
※タイトルであの映画が浮かんだ方は筆者と握手。
プロレスマスクに限った話ではないのだが、例えばメルカリやヤフオクなんかで、狙っていたものがタイミングや入札に競り負けて買えなかった、という経験はないだろうか?
筆者は先日、ヤフオクで苦い経験があった。

これ。この旧タイプのアステカマスク。これはいいな!と思い商品画像を見ると、サインが入っていたのだ。
その日付、筆者の20歳の誕生日の日付だったのだ。
これは!!!と思い入札。しかし、オークションは安心できない。
そんなわけでiPhoneと睨めっこ。
さらに入札があれば通知が来るはず。
通知来ねえ!やったか!?
と、思った矢先。
あれ?でも、落札しても通知くるはずだよな…?
と、ページを見ると
上回る入札がされてました…
アプリの不具合なのか、金額更新の通知が来ていなかったのだ…
20歳の誕生日の日付の入った、運命めいたそのマスクは、他の人の手に渡ってしまったのである…
メルカリでもそんなことがあった。
裏面の作りが見たくて、画像を追加して頂こうとお願いのコメントをした直後に買われてしまった。
とにかく、マスクってタイミングもあるんですよほんと。
ある日のこと。一通のLINE。
誰からだ?と見てみると、「サスケさんを囲む会」でお馴染みの盛岡後援会長、Kから。
K「これ、やばくない!?!?」
の一言と共に添えられたURL。
開いてみると…
こ、これは!!!という一枚がかなりのお値打ち。
しかし筆者、来月にGWの観戦も控えており、買えなくはないものの出来れば手を出さない方が賢明な状況。
購入を検討し、着用の有無の確認や値段交渉が早くも行われている。
むー、これは欲しいけどどうしよう…
しかしこの値段は本当に安い。
きっと出品者の方もさぞや断腸の思いで出品されたのであろう…
出品ページにはどんどん増えるコメント、増えるいいね。皆このマスクに注目している。
コメント欄を見ていると、他にも多くの購入希望者が存在した。中には、出品の傾向から、他のフリマアプリで購入したと思われるマスクが、比較的短期間で別のプラットフォームに、より高い価格で出品されているケースもあった。
もちろんこれは、悪いことではないとは思うのだ。流通の一形態である。筆者のコレクションの中にもこういった形で流通したものもあるであろう。
しかし、コレクターとしてはやや複雑な気持ちにはなってしまう。
少なくとも自分にとってプロレスマスクは“値段を乗せて回す対象”ではなく、“手元に残して向き合うもの”だと考えている。
これは少し愚痴になるが、かなり低い価格でまとめて入手されたものが、その後大きく価格を乗せて出品されているケースも目にしたことがある。
先にも述べたが、それ自体は否定されるものではない。が、コレクターとしては割り切れない気持ちになってしまう。
個人的な感覚としては、価値を積み重ねていくというより、価格だけが独り歩きしていくような動きには、どこか距離を感じてしまう。
なのでせめてしばらくは手元に置いて、楽しんで頂きたいものなのだが…
そこで、筆者の脳裏には幼いみぎりに放映された映画のタイトルが思い浮かんだ。

今回の記事のタイトル、ここで回収w
筆者はもはやバーニングハート。
気がつけば購入ボタンを押していた。

そんなわけで、とんでもない安さでゲットできた、貴重な一枚がこちら。出品者さま、お取引ありがとうございました!あなたに代わり、私が大事にしますよ!!!

数枚所持しているサスケさんのマスクなのだが、実はイマイ製のものはこれが初めて。

壊さないよう丁寧に扱おうと誓う。
後ろはチャック式、そして顎ボタン式。
現在のPVタイプは鼻の部分まで開口しているが、これは鼻の下がカットされたいわゆるヤギリ口。

これは初めて見た。

ニンジャ・サスケ時代のサイン!!
みちのく初期の頃はこのサインを使用していた。
特筆すべきはこのサイン。
画像下のコメントにも記載したが、ニンジャ・サスケのサインなのだ。
このサイン、以前にも記事にしたが、小3の頃のこと。滝沢産業文化センターのトークイベントで初めて入手したサインと同じ。
筆者にとっては、初めて手にした有名人のサインでもあったのだ。
実家建て替えの際に、捨て魔の母親に捨てられてしまった思い出のサインが、形を変え、時を超えて筆者の手に戻ってきたのだ。
さらに、ご注目頂きたいのはサインの日付。
1994年2月4日とある。そう、この日こそかの有名な
後楽園ホール持ち逃げ事件の日


皆様はご存知であろうか。
94年の2月4日、みちのくプロレス初の後楽園ホール大会が開催。勢いに乗っているみちのくプロレス、なんと超満員札止めと大盛況!
だったのだが。
主催のバトルクリップ社長と連絡がつかないという事態に。
被害額は4000万円を超えるとも言われている。
また、その結末。その社長は後にご遺体で発見された、とのこと…真相は闇の中である。
この日、リング上にはおひねりが飛び交ったそうだ。
この日の物販ブースか何かで買われたマスクの一枚なのかもしれない。(ちなみに、同じ日付のサインが入った金銀の隈取りになっている試合用マスクをサスケ博士のO氏が所持していた)


しかし画像が小さく、判別ができない。
が!!!上の画像をご覧頂きたい。
チケット売り場の前でポーズをとるサスケさん。
今回のマスクと同じヤギリ口になっているのだ。
もしかしたら同一のマスクなのか!?!?
しかし、画像が小さく、ズームしても画像が潰れてしまい、思うように見る事ができない。
もしかしたら、同一のものなのかもしれない。
そんな淡い期待がよぎる…
そこで、筆者はある行動に出た。
そうだ、当時の週プロを探そう!
週プロモバイルでは電子版が存在するそうだが、もし拡大した時に画像が潰れてしまったら確認はできない。
つまりは、当時の紙の媒体を探すしかない!
ということですぐに検索。発見には困難が予想される。
が!!!!

あっさりと発見。しかも1円。
壮大な捜索劇を描く予定が、10秒で終了。
そんなわけで、週プロが届くのを待つことにした。
待つこと1週間。
そう、この記事、先ほどまでの記事は実に1週間前に執筆したもの。
週プロ到着まで実に1週間かかったのだw
さて、問題の写真を確認すると…

残念!!違う!!面は白だったか!
しかし、当時のこの記事。
「ボクらには一銭も金が入ってこなくても、お客さんが入場料を払っていることに変わりはない。だったら、お客さんを満足させることが先決ではないのか?」というサスケさんのコメントが。
残念ながら筆者が入手したマスクは、この記事にはなかったものではあるが、それ以上に「ファンを大切にしている姿勢」というものが、当時子供だった筆者が大人になって、強く再確認できたことが大きい。
この日付。1994年2月4日。このサインが入ったこのマスクは、当時では知り得なかったサスケさんの思いを再確認することが出来た、非常に思い入れ深いものとなった。
先日、3月の3連戦において札止めを連発しているみちのくプロレスだが、小さな体育館などで100人、200人という数の観客でも全力ファイトを続けたポリシーは、この頃から続いていふ。
それを思うと、創業者の偉大さが身に染みる。
当時のサスケさんは24〜25歳。
今思えば、非常に若い社長さんだったのだ。
自分のその頃はといえば、下積みから雇われ店長的なポジションだったことから考えると、いかに凄いことか。
筆者が当時夢中になったサスケさん。今でも好きだが、それを再確認出来た一枚となった。

