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唐物風情 染竹編細工大団扇 1990年 網代編 芭蕉扇 飾りうちわ

中国・竹編み団扇が語る、20世紀末アジアの民藝と輸出工芸史

​はじめに:一枚の団扇から広がる、アジアの工芸地図

​手仕事によって作られた道具には、教科書には載らない「生きた歴史」が刻まれています。

​目の前にある、大振りの美しい飾団扇(かざりうちわ)。
藍、紫、紅、そして竹本来の清々しい生成り色。
鮮やかな色彩に染め分けられた竹条(割いた竹の筋)が、緻密な「網代編み(あじろあみ)」によって幾何学的なグラデーションを描き出しています。
そのフォルムは、南国の大きな葉を思わせるふっくらとした「芭蕉扇(ばしょうせん)」の形。
一見すると、タイやベトナム、あるいはバリ島といった東南アジアの瑞々しい熱帯の風土から生まれた民藝品のように思えるかもしれません。

​しかし、この団扇を裏返し、中骨(中央の支柱)に目を凝らすと、そこには一本のスタンプが押されています。

​「MADE IN CHINA」

​この小さな文字こそが、本作のルーツを紐解く最大の鍵です。
本作は、中国の伝統的な竹細工の技法を用いながら、20世紀末から21世紀初頭にかけて、激動のアジア貿易史のなかで生み出された「現代の輸出民藝工芸」なのです。

​今回は、古物美術品専門店としての視点から、この団扇の「製作場所」と「製作時期」に隠された歴史的背景を連動させ、この美しい意匠が誕生した物語を深掘りしていきましょう。

​1. 製作場所の歴史:中国・南方に息づく「竹編み細工」の系譜

​本作の故郷である中国、特に長江以南の「華南地域(広東省、福建省、浙江省など)」は、古くから世界有数の竹一大産地であり、高度な竹工芸が発展した土地です。

​中国における竹編み(竹編細工)の歴史は、新石器時代にまで遡ります。
生活雑器から始まったこの技術は、明・清時代になると、高官や数寄者が愛好する「美術工芸」へと昇華しました。
細さを髪の毛ほどにまで均一に割いた竹を使い、まるで絹織物のように緻密に文字や絵画を編み込む技法は、宮廷への献上品(唐物細工)としても珍重されたのです。

​なかでも、本作のような団扇は「竹編団扇(ちくへんうちわ)」や「芭蕉扇形団扇」と呼ばれ、華南地域の伝統的な夏の風物詩でした。

​特に広東省の「羅定竹編(らていちくへん)」や、四川省の「龔扇(きょうせん)」などは有名ですが、本作はその極限まで細い美術品としての系譜とは少し異なり、地元の生活に根ざした「民藝(民衆的工芸)」、 tender して海外への輸出を目的とした「クラフト」の系譜に位置します。

​華南の職人たちは、身近に潤沢にある竹を巧みに操り、型を使わずに手作業だけでこれほどまでに歪みのない見事な団扇を編み上げます。
それは、何世代にもわたって受け継がれてきた、身体に染み付いた歴史の賜物なのです。

​2. 製作時期の歴史:1980年代以降、中国「改革開放」と輸出工芸の爆発

​では、この現代的でポップとも言える鮮やかな団扇は、いつ頃作られたのでしょうか。
その答えは、「1980年代末から2000年代初頭(20世紀末〜21世紀初頭)」という、中国が世界経済の中心へと躍り出る激動の時代にあります。

① 化学染料の普及と「色の表現」

​本作の最大の特徴である、鮮やかなピンクやシアンブルー、紫。
これらは植物から採った天然染料ではなく、近代的な「化学染料(合成染料)」によって染められています。

中国の地方の民藝工房において、こうした鮮やかで、かつ色落ちしにくい均一な化学染料が安定して使われるようになったのは、20世紀後半のことです。
それまでの伝統的な褐色の竹製品にはなかった「モダンで華やかな色彩」を取り入れることで、伝統工芸は「現代のインテリア雑貨」へとドラスティックに変貌を遂げました。

​② 改革開放政策と「MADE IN CHINA」

​1978年に始まった中国の「改革開放」政策により、それまで閉ざされていた地方の工芸工房(郷鎮企業など)は、外貨を獲得するための「輸出産業」として再編成されました。

​この時期、欧米や日本、そして経済成長著しかった東南アジア諸国から、大量のインテリア・雑貨の注文が中国へと舞い込みます。
本作の骨にスタンプされた「MADE IN CHINA」という英語表記は、まさに中国が「世界の工場」として世界中の市場へ向けて製品を送り出し始めた、瑞々しいエネルギーの象徴なのです。

​竹の生成り部分が今なおフレッシュな白さを保ち、染料の退色がないことからも、本作が100年を経た骨董ではなく、この「輸出クラフトの全盛期」に作られ、大切に保管されてきたヴィンテージコンディションであることが証明されます。

​3. 東南アジアとの交差点:なぜ「アジアン・エスニック」に見えるのか?

​ここで一つの疑問が生じます。
中国で作られたはずのこの団扇が、なぜこれほどまでに東南アジアのエスニックな情緒を纏っているのでしょうか。
ここには、当時の「世界のインテリア市場のトレンド」が関係しています。

​1990年代、日本や欧米では「アジアン・エスニック・ブーム」が巻き起こりました。
バリ島のリゾートスタイルや、タイ・ベトナムの自然素材を使ったナチュラルなインテリアが爆発的な人気を博した時代です。

​このとき、バイヤーたちは東南アジア風のナチュラルでカラフルなデザインを、生産能力が高く、コストパフォーマンスに優れた「中国の竹編み産地」へと発注しました。
あるいは、中国の職人たちが、東南アジアの観光地でお土産品として販売するために、現地の好みに合わせたデザイン(多色染め分けの幾何学文様)を考案して輸出したとも言われています。

​つまり、この団扇は、「中国の伝統的な竹編み技術」が、「20世紀末のグローバルなアジアン・トレンド」と出会うことで生まれた、ハイブリッドな文化の結晶なのです。

​現代の空間に、20世紀末の「用の美」を迎え入れる

​数百年を経た「古美術」だけが、骨董店の扱う世界ではありません。
こうした近現代の道具の中にも、時代の変化を敏感に吸い上げ、人々の暮らしを彩ってきた「用の美(ようのび)」が確かに存在します。

​機械による大量印刷やプラスチック成型品が溢れる現代において、一本の竹を割り、染め、指先の間隔だけでこれほど見事な網代の宇宙を編み上げる職人の手仕事は、今や非常に贅沢なものとなりつつあります。
中国の経済発展に伴い、こうした手間のかかる手編みの輸出工芸品は、現在では生産が減少傾向にあり、じわじわと希少性を増しています。

​和室の床の間に飾れば、どこか「唐物風情」を感じさせる格式高い室礼(しつらえ)に。

モダンスタイルのリビングの壁に掛ければ、鮮やかな色彩が空間をピリッと引き締めるアートピースに。

​一枚の団扇が運んでくるのは、単なる涼しい風だけではありません。
それは、20世紀末のアジアを駆け抜けた職人たちの活気と、海を渡って人々の暮らしを潤してきた、日用品のたくましい歴史そのものなのです。
ぜひ、その豊かな背景とともに、現代の空間で末永くお愉しみください。

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ねこのま 🌈「正解」より「納得」を選ぶ 他人に認められることを“正解”とする人生は、 いつまでも誰かの評価に依存しつづけます。 でも、「自分にとって納得のいく選択」を積み重ねていけば、 たとえ誰かに否定されたとしても、 「私は私でいい」と言える土台ができます。