ミスタードーナツに老いを宣告される
30年前、今より私は若かった。
当たり前であるし、あの頃と比べ諸々老いた自覚もある。
ただ、実は大半の人がそうなのではないか?と信じているのだが、とは言え自分自身はあの頃と変わってはおらず、変わったのは環境と周りの人間だと思っていたりもする。
学校帰りにミスドでドーナツを3個食べ、家に帰って夕飯を普通に食べていたのは流石に若かったとは思うが、今だって2個なら余裕でいけるのだ。
そう。自分自身はあの頃とたいして変わっていないのだ。
ドーナツ1個分など誤差である。
当時の店内では1950〜60年代の音楽、所謂オールディーズがかかっていた。
曲はひとつも知らないが多分オールディーズで合っていると思う。
店内はいつも「古き良きアメリカ」な雰囲気であった。
古きアメリカにも新しきアメリカにも行ったことはないし、良いか悪いかも判断はできないので、あくまでこれはイメージである。
それはあまりにも突然の、それでいてとても自然な別れだった。
毎週のように貪り食べていたエンゼルクリームやエビグラタンパイが私を呼ばなくなった。
学校を卒業し生活動線からミスドが消えたのである。
たったそれだけの事で、そこから約30年ミスタードーナツに行くことは殆ど無かった。
しかしこの春の引越しを機に、唐突にミスドが身近になった。
最寄り駅の隣にお店があるというだけの事だが、ここ10年ドトールに染まりきっていた私をエンゼルクリームが呼び始めた。
いや、30年呼び続けてくれていた事に気が付かなかっただけなのかも知れないが、エンゼルクリームはそれでも拗ねることなく優しく至福の脂肪と糖を与えてくれた。
昔は学校帰りに友達とおしゃべりしながら食べるのが楽しかった訳だが、今は好きな音楽を聞きながら一人ゆっくりお茶を飲む時間が何より落ち着く。
ワイヤレスイヤホンという物がどうにも好きになれず、未だに有線のイヤホンで聞く音楽は最高なのだが、困るのはマスクとの相性の悪さである。
エンゼルクリームは砂糖をまぶしてあるため、顎マスクは危険である。
横着をすれば必ずマスクの内側に砂糖がこぼれる。
それはそれで二度美味しい気もするが、やはりダメだろう。
イヤホンを外し、マスクを取る。
BON JOVIが流れていた。
1990年代の名曲である。
懐かしくなり、そのままイヤホンをせずに聞いていると、今度はマイケル・ジャクソンが流れ始めた。
1980年代の名曲だ。
おや?
そういえば、ミスタードーナツといえばオールディーズじゃなかったか?
今は最近の曲を流すようになったのか。
自分自身はあの頃と変わっていないが、ミスドは変わったんだな。
その瞬間、脳天に稲妻が走るような衝撃をおぼえた。
ここはKISSのGOD OF THUNDERを流して欲しいところだったが、耳を澄ますとBON JOVIが爽やかに唄いあげていた。
そんなことより、衝撃だ。
50・60年代の曲を流していた頃から30年経ち、スライドするように80・90年代の曲を流しているだけなのだ。
きっと、私が不在にしていた30年の間には、70年代の曲も流れていたのだろう。
ミスタードーナツは変わっていなかったのだ。
時の流れに合わせしなやかにスライドしながら、BGMの時代感のチョイスも、エンゼルクリームの美味しさも、変えることなく今に至るのだ。
30年経ったのだ。
エンゼルクリームの最後の一口を飲み込み、 80・90年代の曲を「最近の曲」と感じた事に、ジワジワと老いを実感する。
しかし、ここはミスドである。
自分探しに来たわけではない。
ドーナツを食べに来たのである。
ポン・デ・リングに手を伸ばす。
この不思議な形状のドーナツを見つめながら、ふと思う。
そういや、お前。
30年前はまだ生まれていなかったな。
なーんだ!
私も時代の変化に合わせてポン・デ・リングを受け入れているじゃないか!
何が大丈夫なのかは良く分からないが、まだ大丈夫だ!
自己完結な自己満足の末、イヤホンをはめる。
流れてきたのは、愛してやまないX JAPANの90年代の名曲たち。
大団円である。
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