宇宙に"クラウド"を浮かべる——軌道上データセンターは夢か、必然か
はじめに:地球のキャパシティが臨界点に達するとき
「宇宙から地球を見ると、国境はない。あるのはただ、漆黒に浮かぶ青く美しい星だけだ。」
宇宙飛行士たちが語るこの言葉は、私たちの視野を一変させます。しかし今、その星の内側で、新たな危機が静かに進んでいます。
2028年までに、AIサーバーだけで米国全世帯の6.7~12%に相当する電力を消費するようになる——そんな試算が米国エネルギー省から発表されました。データセンターの建設計画に反対する自治体が世界中で増え、かつての「うちの近所ではやめてくれ」は「うちの星ではやめてくれ」へと変わりつつあります。

Credit NASA
電力は逼迫し、冷却水は枯渇し、土地は足りなくなります。地上のインフラは、AIという新たな知性の爆発的な成長に追いつけなくなっているのです。
そこで、ある問いが生まれました。データセンターを、宇宙に置けないか?
これは荒唐無稽な夢ではありません。2026年現在、世界の主要テック企業や宇宙スタートアップが本気でこの問いに取り組み、初期的な機能が宇宙に展開され始めています。この記事では、「軌道上データセンター(Orbital Data Center / ODC)」という次世代インフラの可能性と課題を、宇宙の視座から読み解いていきます。
この記事のポイント
地上データセンターはAI需要爆発で電力・冷却・土地の限界に直面
軌道上データセンター(ODC)は「夢」から「実証フェーズ」へ移行中(2025〜2026年)
宇宙最大のボトルネックは「電力」ではなく「熱の捨て場」
「宇宙で生まれたデータを宇宙で処理する」という発想が、宇宙経済圏のサプライチェーンを変革
① 軌道上データセンターとは何か
軌道上データセンター(Orbital Data Center / ODC) とは、低軌道(LEO)や静止軌道(GEO)、さらには月面など宇宙空間に設置される、データ処理・保存・配信のためのインフラです。
ただし、「軌道上コンピューティング」と一口に言っても、実は2つの異なる概念が存在します。これを混同すると、議論が途端にぼやけてしまいます。

OEC(エッジ)は「必要なデータだけを地上に送る」ために衛星上でAI処理を行います。ODC(データセンター)は、宇宙に本格的な計算インフラを構築し、衛星群や地上の双方に向けてサービスを提供します。
前者はすでに「現実」であり、後者は「近づきつつある未来」です。
② なぜ今、宇宙にデータセンターを置くのか
地上の限界:電力・冷却水・土地の三重苦
典型的なAIデータセンターの消費電力は数10~数100MWです。Metaがルイジアナ州に建設予定の施設は2GWに達し、これは原子力発電所2基分以上に相当します。さらに液体冷却に移行する最新のデータセンターは、1日100万リットルレベルの水を消費します。
必要な土地という点も加味すると、地上にはもう持続可能な拡張の余地が少なくなっています。

宇宙が提供する「3つの解」
宇宙には、地上の三重苦を解く可能性があります。
1. エネルギー問題への解:豊富な太陽光、ただし「構造問題」に転化する
大気のない宇宙では、太陽光は地上の5〜9倍の強度で降り注ぎます。さらに太陽同期軌道では24時間365日、途切れなく発電できます。そのため、理論上の電力単価は地上の1/10以下になり得ます。しかし、これで「電力問題が解決した」わけではありません。GW級の電力を得るには数百メートル規模の太陽電池アレイが必要になり、その巨大構造物を打ち上げ・展開・維持するコストは、電力コストの削減分を容易に食い尽くしてしまいます。電力問題は「解決」ではなく、「構造規模の問題に転化」するのです。
2. 冷却問題への解(可能性):真空放熱
宇宙は冷たい——そう思いがちですが、実は「温度」という概念が成立しにくいのが真空空間です。対流や熱伝導がないため、熱は放射でしか逃がせません。冷却水をゼロにできるという点では革命的ですが、後述するように、この「放射のみ」という制約こそが宇宙DCの最大のボトルネックとなります。
3. 土地問題への解:無限の空間 軌道上には、物理的な土地取得も固定資産税も存在しません。モジュールを打ち上げ続ける限り、理論上は無限に拡張できます。
③ 人類のコンピューティング史、宇宙へ
宇宙でコンピューティングを行うという発想は、今に始まったわけではありません。その歴史を丁寧にたどれば、20世紀のSF小説家や物理学者たちが種を蒔いた「想像力の歴史」にまで遡ることができます。それは、人類が計算能力と産業活動を地上の枠から解き放とうとしてきた、長い挑戦の物語です。
フェーズ0(20世紀):想像と構想の時代
アイザック・アシモフは、1940年代にSF小説の中で、宇宙太陽光発電ステーションや惑星規模の巨大な計算機ネットワークを描きました。「宇宙で巨大な計算やエネルギー生産を行う」という哲学的・直感的なビジョンを大衆の想像力に植え付けた先駆者です。1970年代には物理学者ジェラルド・オニールが宇宙コロニーを提唱し、真空・放熱・無限の太陽光という宇宙の物理的優位性を工学の言語で論じました。

Credit: NASA/Rick Guidice
「サーバーを積んだ衛星がネットワークを形成する」という現代のビジネスモデルは、こうしたSF的インスピレーションを受けた現代のエンジニアや起業家たち(ジェフ・ベゾスやイーロン・マスクを含む)が、冷却・電力・通信遅延という現実の技術課題の解決策として具体化したものと言えるでしょう。
フェーズ1(〜2024年):実証の時代
NASAやDARPAの研究により、宇宙でも計算処理を行う基盤が整えられてきました。その象徴的な例が、HPE(Hewlett Packard Enterprise:米国のIT企業)が開発した「Spaceborne Computer-2」です。これは2024年にISS(国際宇宙ステーション)に設置され、地上で使われている一般的なサーバーをベースにした高性能コンピューターを、宇宙で継続的に動かすことに成功しました。つまり、「特別な宇宙専用機でなくても、宇宙で計算処理ができる」ことが実証されたのです。
ESAはΦsat-2ミッション(2024年打ち上げ)で衛星上のAI処理(雲の自動除去など)を実証しました。日本のJAXAはLUCAS(ISS搭載の光通信システム)により、高速・大容量の光通信技術の実証と高度化を進め、宇宙内ネットワークの実用化に向けた基盤を築きつつあります。これらはそれぞれ、宇宙における「計算」「処理」「通信」という基盤技術であり、軌道上データセンターを成立させる前提条件となります。
フェーズ2(2025〜現在):商業化の時代
2025年11月、スタートアップStarcloudはNVIDIAのH100 GPUを搭載した衛星「Starcloud 1」をFalcon 9で打ち上げ、軌道上でのAIチップ初の本格試験を実施しました。また、Axiom SpaceはISSにデータセンターのノードを2027年に打ち上げる予定。また、カナダのKepler Communicationsは、2026年1月に10機の計算衛星群を展開しました。

(Kepler Communicationsのニュースリリースより)
Googleは軌道上AIデータセンター(80機の衛星コンステレーション)を建設する構想Project Suncatcherを立ち上げ、2027年をめどに軌道上実証に着手する計画です。ジェフ・ベゾスも「次のステップは軌道上データセンター」との見方を示し、Blue Originは2026年3月に米国連邦通信委員会(FCC)に対して、5万基の衛星打ち上げ計画を申請しました。さらにスペースXは、100万台規模の衛星データセンターをFCCに申請しています。
軌道上データセンターの市場規模は2035年に390億ドルに達するとも予測されており、投資家は軌道上データセンターを独立したアセットクラスとして認識し始めています。
④ 宇宙DCを成り立たせる5つの挑戦
電力:太陽光、しかしスケールの壁
太陽電池は宇宙の電力源として優秀ですが、大規模化するほど問題が深刻になります。多くの宇宙機のソーラーパネルの比出力は数10W/kg(20-100W/kg程度)です。

Credit: ESA
そのため、GW級の電力を確保するには、巨大なソーラーパネルが不可避となります。EUの先進宇宙クラウドプロジェクト:ASCEND(Advanced Space Cloud for European Net zero emission and Data sovereignty)では、サービスが成立する最小の10MW級の宇宙データセンターの整備ですら、4,000㎡のソーラーパネル、1200トン以上の軌道上インフラが必要と推算しています[1]。
熱:「宇宙は冷たい」という誤解
宇宙では「電力の確保」より「熱の捨て場」の確保が深刻な制約となります。最大の誤解がここにあります。宇宙は真空であり、対流や熱伝導は存在しません。例えば、コーヒーカップを持って熱いと感じるのは熱伝導。空気や水の温度差による移動が対流です。宇宙では熱は放射でしか逃がすことができず、その効率は地上に比べて格段に低いのです。

この熱放射量を定量化するのが、ステファン=ボルツマンの法則です。
Q = εσAT⁴
Q:放熱量(W) ε:放射率(0〜1) σ:ステファン=ボルツマン定数(5.67×10⁻⁸ W/m²K⁴) A:放熱面積(m²) T:絶対温度(K)
この式が示すのは、熱量と放熱面積の厳しいトレードオフです。放射による放熱量Qは、放熱板(ラジエータ)の表面積と絶対温度Tの4乗に比例します。宇宙では空冷が使えないため、データセンターの計算量が増え発熱が大きくなるほど、必要となる面積は増大します。さらに地球近傍では、地球からの熱放射も受けるため、宇宙機を冷やすことがより難しくなります。
1GW級の宇宙DCには3,210,000㎡(サッカー場450面分)のラジエーターが必要という計算になります[2]。これが水冷や空冷などが使えない宇宙データセンターでの熱に関する本質的な制約です。
こうした背景から、StarCloud社はチップ直結のアクティブ冷却で熱を回収し、軽量かつ大面積の展開型ラジエーターで放射する独自の熱管理インフラを開発しています。これは、地上グレードのGPUを宇宙で安定稼働させるための、同社の革新的な技術です [3]。
放射線:商用チップを宇宙で使う挑戦
従来、宇宙向け電子機器は特別設計の「耐宇宙放射線チップ」が必要でしたが、近年は「COTS品(商用品)+ソフトウェア緩和+シールド」の組み合わせで対応できる余地が広がっています。NVIDIAは2026年3月、「軌道上データセンターにAIコンピューティングをもたらす」新GPUを発表しました。これは、システムレベルでの放射線耐性を実現するアプローチを示したのです。世界では、宇宙放射線の損傷から、自己修復的にシステムを守る技術の研究開発も進んでいます。
通信:光通信がゲームを変える
軌道上エッジの真の革命は、光通信との組み合わせにあります。JAXA・NECが開発した光衛星間通信システム「LUCAS(Laser Utilizing Communication System)」は、2024年10月に低軌道の「だいち4号」と約40,000km先の静止軌道の光データ中継衛星との間で世界最速1.8Gbpsのレーザー通信を実証しました[4]。「処理結果だけを高速で送る」組み合わせが、軌道上DCの通信ボトルネックを突破する鍵となります。
▼地球環境監視や災害復旧に貢献する光通信システム
https://jpn.nec.com/solution/space/optical/index.html
軌道:LEO・GEO・月面の役割分担

⑤ メリット:「宇宙だからこそ」の価値
環境面:地球の水と電力を解放する
軌道上DCは、冷却水をゼロにし、太陽光100%の電力で動きます。EUのASCENDプロジェクトは、宇宙DCは地球の環境負荷とエネルギー消費削減に有望とし、欧州の2050年カーボンニュートラル目標に貢献しようとしています。
技術面:「データの地産地消」という革命的発想
宇宙で生まれたデータ(地球観測、気象、資源探査、安全保障)を宇宙で処理して「価値だけを」地上に届ける——これが「宇宙版データの地産地消」です。Space Compass × Microsoftの実証では、衛星上で観測し不要データを98%以上削減した状態で地上に送信しました[5]。「全部送ってから処理する」モデルから「必要なことだけを答えとして送る」モデルへのパラダイムシフトが始まっています。
安全保障・主権面:「レジリエントなサーバー」
地上のサーバーは、物理的な攻撃や自然災害、さらには国家による接収といった地政学リスクにさらされています。これに対し、軌道上のデータは宇宙条約第8条により登録国の管轄下に置かれ、地上の物理的・政治的制約から切り離された、独自のレジリエンスを有するデータレイヤーとして機能させることができます。
Lonestar社はこのコンセプトに基づき、月と地球のラグランジュ点L1に「レジリエントな宇宙データセンター」を設置する商業化を進めています。

Credit: NASA
また、セキュリティ面でのレジリエンス強化に向けて、Voyager Space社はIBMと連携し、2026年4月にポスト量子暗号(PQC)を用いた地球ー国際宇宙ステーション間の通信実証に成功しました。
本質的価値:「地上に降ろせないデータ」をどう扱うか
ここに、軌道上DCが成立する根本的な価値があります。超大規模地球観測データ(1日あたりテラ~ペタバイト級)、安全保障・情報機関の偵察衛星データ、そして月・火星探査機が取得する深宇宙データ。これらは、「地上に降ろすこと自体が困難」または「伝送前に処理しなければ価値を失う」データです。
例えば、高精細なセンサーで大量のデータを取得しても、地上局との通信可視時間は1回あたり数分~十分程度しかなく、すべてのデータを地上に送ることは現実的ではなく、軌道上での即時処理やデータの選別が求められます。同様に、火星探査機と地球との通信往復には数10分程度のタイムラグがあります。地球に指令を仰いでいては間に合わない意思決定を、宇宙で自律的に行う必要があります。
電力や冷却水の制約は、あくまで地上データセンターの限界を背景にした「動機」に過ぎません。しかし本質はそこではありません。宇宙でしか成立しない——すなわち「地上に降ろせないデータ」を扱う領域こそが、軌道上DCの本当の出発点になる可能性が高いです。 宇宙計算インフラの競争優位は、「地上より安い」ことではなく「地上では代替できない」ことから生まれるのです。これは、「未来世代に蓄積される価値」でもあります。
⑥ 課題:楽観論の陰にある現実
それでも、宇宙DCの議論を語るなら、以下のような課題があります。
打ち上げコスト:まだ高い「宇宙への運賃」
Falcon 9のLEO向け標準価格は約7400万ドル(最大22トン)です[6]。10MWの宇宙データセンター(1200トン)でも単純計算で約40億ドルになります。一部では「10~100ドル/kg時代」が議論されていますが、現状との乖離は1~2桁あります。宇宙DCの経済性は、この打ち上げ革命が「本当に」起きるかどうかに大きく依存しています。

Credit: NASA
保守困難:壊れたら取りに行けない
地上のデータセンターなら24時間以内に故障部品を交換できます。軌道上では修理できません。また、AI半導体の進化サイクルは約1.5年ですが、衛星の設計寿命は5〜10年です。技術的陳腐化との戦いも避けられません。
ESPI(欧州宇宙政策機関)は、打上げコストが150ドル/kg以下、ITハードウェアの寿命が3年以上維持できれば、地上の高性能なデータセンターとのコスト競争力をもてると試算しています[7]。
宇宙デブリ:軌道は「過密状態」
現在、低軌道には約1万基の稼働衛星と約1万トンの宇宙デブリが存在します。SpaceXはFCCに100万基の衛星打ち上げ許可を申請しましたが、宇宙DCは衝突リスクを高め、「ケスラー・シンドローム」(宇宙デブリの連鎖衝突)の引き金になりかねません。未来世代への影響を含めた設計が必要です。
法制度:宇宙の「法の重なり」
宇宙条約第8条により、宇宙物体自体は登録国の管轄下に置かれますが、クラウドサービスとして多国籍顧客に提供する場合、データ主権・通信規制・安全保障規制が重なり、「どの法体系に従うか」は単純ではありません。例えば、米国のCLOUD法、EUのGDPR適用、日本企業の個人情報保護法など、複数の法体系が同時に関与します宇宙には境界がない一方で、データには常に『主権』がつきまといます。ESPI(欧州宇宙政策機関)は、米国のCLOUD法(米当局が国外のデータにもアクセスできる権限)と欧州のGDPR(個人情報保護規則)の衝突を背景に、欧州独自の宇宙データセンターは「選択肢(optional)ではなく必須(essential)」と鋭く指摘しています[7]。
⑦ 主要プレイヤー:宇宙のクラウド競争
宇宙企業
StarCloud:NVIDIA H100搭載衛星を2025年打ち上げ。宇宙で初めてのLLM訓練に成功。
SpaceX:Starlink × Starship × 宇宙DC構想。2026年のIPO構想(企業価値1.5兆ドルとも報じられる)の主要ドライバーの一つとして軌道上AIデータセンターを位置づけ。
Axiom Space :国際宇宙ステーションに光学相互接続型データセンターを2027年までに設置予定。
Lonestar:月経済圏でのデータ保管に向けて、2026年に地球低軌道の実証を予定。
IT・クラウド
Google:Project Suncatcher(2025年11月発表)。2027年をめどに80基のテスト衛星打ち上げを計画。
AWS:D-Orbit とUnibapと連携し、衛星上でAWS計算・機械学習を動作させる実験を実施。
NVIDIA:2026年3月、「軌道上DC向け」新GPU発表。Starcloud、Axiom Space、Kepler Communications、 Planetらのパートナー。
日本
Space Compass:Microsoft Azureとの連携で衛星上AIを実証。送信データの98%削減を達成。
NTT:IOWNとの宇宙接続を視野に入れた「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク」構想を推進中。
欧州
Thales Alenia Space:EUのASCENDプロジェクトを主導。2031年に50kWの概念実証、2050年にGW規模のロードマップを提示。
中国
中国航天科技集団公司(CASC):5年以内にGW級の宇宙デジタル・インテリジェンス・インフラを構築する計画を2026年1月に発表。スタートアップ「中科天算」は、軌道上でAIチップの安定稼働を既に実証している。
⑧ 未来シナリオ:宇宙はクラウドの「フロンティア」になる
近未来(〜2030年):軌道上エッジの時代
まず普及するのは、宇宙で生まれたデータを宇宙で処理するOECです。防衛・海上保安・災害監視・地球観測など、「数時間→数分」の速度差が生死に関わる領域からリアルタイムAI処理が拡大します。この期間の軌道上DCは、ISSやAxiom Stationへの小型ノード設置が中心となります。
中期(2030〜2040年):分散クラウドの時代
光衛星間通信の標準化と、オンオービット実行基盤の整備が進みます。「軌道上エッジ→分散クラウド(On-orbit Cloud)→小規模ODC」という連続体が特定用途において現実化し始めます。日本のSpace Compass × IOWNのような「宇宙-地上一体型ネットワーク」が登場するかもしれません。
2030年代には、データ・ソブリンティ(データ主権)の台頭も考慮する必要があります。物理的・政治的なリスクを避けるために「自国の領土内か、さもなくば自国管轄下の宇宙空間にデータを置く」というニーズが、レジリエンスの主要動機になる可能性があります。
長期(2040〜):宇宙が「もう一つのクラウド」になる日
打ち上げコストが劇的に低下し、軌道上組立技術が成熟した暁には、GW規模の軌道上DCが「地上のデータセンターの一部を代替する」という構想が経済的現実となる可能性があります。ただし、その成立条件は厳しいものです。打ち上げ革命、太陽電池効率の改善、放熱技術のブレイクスルー、軌道上組立・補給の実現、デブリ規制との両立、これら全てが揃う必要があります。
ただし、ここで重要な認識を加えておきたいと思います。すべての計算が宇宙に移るわけではない、という事実です。大規模AIモデルの学習・金融取引・日常的なWebサービスのような「低遅延・高頻度・常時更新型」のワークロードは、地上クラウドの圧倒的な優位性の前に、宇宙へ移行する合理性を持ちません。むしろ現実的な未来像は、「地上クラウド × 軌道上エッジ(OEC)× 限定的なODC」が役割分担するハイブリッド構造です。軌道上DCは宇宙経済圏の主役ではなく、宇宙内市場・データ主権・レジリエンスという特定の文脈で輝く「補完的インフラ」として進化していきます。
⑨ IISE視座:宇宙コモンズの設計
宇宙のデータインフラをめぐる競争は、米国を中心に、欧州、中国、日本と展開されています。
宇宙データセンターの議論は、今のところ「効率」と「コスト」の言語で語られています。しかし、新たに、「どのような価値観でデータ主権を設計するか」「宇宙コモンズとしてのデジタルインフラをどう共有するか」「軌道上DCは未来世代の選択肢をどれだけ広げるのか」という問いが生まれています。
ここで改めて強調すべきは、宇宙データセンターは単なるITインフラではないという点です。それは、宇宙経済圏や深宇宙探査を支える「基盤レイヤー」として位置づけられ始めています。すなわちこれは、「データセンターの進化」にとどまる話ではありません。人類の活動領域が宇宙へ拡張していく中で、その基盤となる「文明インフラそのものの拡張」を意味しています。
GPSが軍事技術から始まりながらも、今や全人類の共有財産となったように、軌道上データセンターもまた、特定の国家や企業の独占物にするのか、それとも人類共有のコモンズとして設計するのか。その問いへの答えが、宇宙時代のデジタル民主主義を決めることになります。
さらに、見落とされがちな問いがあります。計算資源は誰のものか。軌道という有限の共有空間は、私的に占有されるべきか、それとも国際的に管理される共有資産であるべきか。軌道上データセンターは単なるITインフラの問題ではなく、「宇宙環境という公共資源をどう利用するか」という問題へと変質します。地上のデータセンター問題が電力・水・土地をめぐる環境問題に変質したのと、まったく同じ構造が宇宙でも繰り返される可能性があります。
ESPI(欧州宇宙政策研究所)は、軌道上データセンターを単なる民間ビジネスではなく、「国家・地域の競争力を左右する戦略インフラ」と位置づけています[7]。この視点は、日本にとっても極めて重要です。宇宙×デジタルの覇権は、企業単独ではなく、国家・産業・技術の連携で決まるからです。軌道上DCは、特定の企業の所有物として完結するのではなく、人類の知性・AIと地球環境を両立させるための「コモンズ」として設計されるべきです。
IISEはこれらの問いを、宇宙とテクノロジーの最前線から、みなさんとともに考え、社会実装につなげていきます。
まとめ:軌道上データセンターが拓く未来
軌道上データセンター(ODC)とは:LEO/GEO/月面などに設置する次世代計算・保存インフラ。地上DCの電力・冷却・土地問題を解決する可能性を持つ。
なぜ今か:AI需要爆発により、地上インフラは電力・冷却水・土地の三重苦に直面。2025〜2026年に商業実証フェーズへ移行。
先行するのはOEC(軌道上エッジ):Space Compass × Microsoft実証でダウンリンク98%削減。ODCより先に成立し、宇宙コンピューティングの本来の主役。
宇宙の本質的制約は熱:計算量を増やすほど放熱面積が比例増大する物理法則が、クラウド型スケーリングの経済性を宇宙では成立しにくくする。これは技術課題ではなく構造的な制約。
地上クラウドは当面圧倒的に優位:冷却・保守・技術更新のすべてで地上が有利。大手クラウドの本格宇宙参入には、その差が逆転する閾値を超える必要がある。
現実的未来はハイブリッド構造:地上クラウド × 軌道上エッジ × 限定的ODCの役割分担。ODCが輝くのは宇宙内市場・データ主権・レジリエンスという特定の文脈。
文:IISEソートリーダーシップ推進部 佐野智
JAXAに長年勤務し社会課題解決に向けた新規宇宙事業創出に尽力。内閣府(衛星を利用した社会実装プログラムを推進)を経て現職。博士(理学)。
【参考文献】
[1] EU ASCEND Project, "ASCEND Feasibility Study: Space-Based Data Centers", 2024.
https://ascend-horizon.eu/
[2] Space Data Center — Orbital Thermal Architecture", Mar 2026.
https://evaporion.com/research/space-data-center-calculator/?utm_source=chatgpt.com
[3] StarCloud, "Why we should train AI in space", 2024.
https://starcloudinc.github.io/wp.pdf
[4] JAXA・NEC,「光衛星間通信システム(LUCAS)と先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)間での世界最速「通信速度1.8Gbps」の光衛星間通信に成功
JAXAプレスリリース, 2024年10月8日.
https://www.jaxa.jp/press/2024/10/20241008-1_j.html
/ NECプレスリリース, 2025年1月23日.
https://jpn.nec.com/press/202501/20250123_01.html
[5] Space Compass, 観測衛星データのリアルタイム活用へ ― マイクロソフトと軌道上AI技術実証を実施 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000022.000107327.html
[6] Next Spaceflight, "Falcon 9"
https://nextspaceflight.com/rockets/3/
[7] ESPI(European Space Policy Institute), "Data Centres in Space – Orbital Backbone of the Second Digital Era?", ESPI Report, 2025.
https://www.espi.eu/wp-content/uploads/2025/11/SBDCs.pdf
