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あなたが弾いているその理論は、ウクライナで生まれた

キーウ周辺では、ここ数週間、ロシアの攻撃はやや弱まっていると報じられている。だが、南部や東北部、ハリキウではいまだに激しい戦闘が続いている。人口およそ144万人。京都や神戸よりも大きな都市が、いまなお戦火の中にある。
その街の名前を、ジャズと結びつけて考えたことがある人は、おそらくほとんどいない。
だが実のところ、このハリキウという都市は、現代のジャズ教育において広く共有されている「ある理論体系」の起点のひとつになっている。

Berklee Method

現在、ジャズを学ぶ多くの人間が触れている理論は、ある程度似通っている。セカンダリードミナント、II-Vの連鎖、裏コード。そうした発想は、旋律を中心に組み立てるクラシック的な思考というよりは、和声を縦に積み上げていく、いわば“垂直的な”感覚に基づいている。
その体系の整備に大きな役割を果たしたのが、アメリカのバークリー音楽大学である。1945年に設立されて以降、ここで教えられてきた内容は、世界中の音楽教育に浸透した。クインシー・ジョーンズ、ゲイリー・バートン、パット・メセニー、ジョン・スコフィールド、渡辺貞夫、ダイアナ・クラール、エスペランサ・スポルディング。名前を挙げればきりがない。
言い換えれば、現在「ジャズ理論」と呼ばれているものの多くは、このバークリーを中心に整理され、普及したものだと考えてよい。
では、その理論はどこから来たのか。

シリンガーハウス

答えは、バークリーの前身「シリンガーハウス」にある。
創設者ローレンス・バークは、自らの師である作曲家ヨーゼフ・シリンガーの理論を教えるために、この私塾を運営していた。これがバークリー音楽大学の起源だ。
シリンガーは1895年、ハリキウに生まれた。ロシア革命の混乱を逃れ、アメリカに渡り、ニューヨークを拠点に活動する。
そこで彼が行ったのは、音楽を「感覚」から引き剥がし、構造として捉え直すことだった。
旋律や和声を、経験やセンスではなく、数学的に分析する。そしてそれを、誰にでも再現可能な手法として提示する。
それは、音楽を特別な才能の産物から、操作可能な体系へと変換する試みだったとも言える。

この発想は、当時としては異様ですらあった。
だが、今の私たちにとってはどうだろうか。
コード進行を置き換え、スケールを選択し、パターンを適用する。そこにはすでに、「手続き」としての音楽が存在している。
そしてさらに言えば、この「再現可能な音楽」という発想は、現在のAIやアルゴリズムによる音楽生成にもどこかで地続きになっている
もちろん、シリンガーがAIを予見していたわけではない。
だが少なくとも、音楽を“誰にでも再現可能なもの”として扱うという発想の系譜の中に、彼がいることは確かだ。

映画『グレン・ミラー物語』

ジョージ・ガーシュウィンやグレン・ミラーといった、20世紀アメリカ音楽の中心人物たちも、彼のもとで学んだとされる。
そういえば、と、私はあることを思い出し、映画『グレン・ミラー物語』を見直してみた。
映画の中で、うだつのあがらなかったミラーが恋人に背中を押されて、かつて途中でやめてしまったレッスンにもう一度通い直し、ムーンライト・セレナーデを書き上げる、という場面があった。あらためて見直してみると、確かにミラーは「シリンガー先生」とその名を呼んでいる。あの甘美なセレナーデの背後にも、見えない理論の影がある。

ハリキウ。
いま、ニュースの中で繰り返し名前が呼ばれるその都市は、単なる戦場ではない。音楽を「誰にでも扱えるもの」として再構成し、その後の教育や思考に影響を与えた理論家の出発点でもある。
日本にいる限り、この国はあまりにも遠い。文化的にも、歴史的にも、直接的な接点は多くない。
だが、少なくともひとつだけ確かなことがある。
いま自分が弾いているそのコード、その手法は、どこか遠くで考えられたものだ。
そしてその思考の一端は、ハリキウから始まっている。

この理論の歴史を知ることは、単に背景を理解するということにとどまらない。実際の演奏において、その使い方そのものを変えてしまう側面がある。そのことについては、また別の機会に書いてみたい。

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