見出し画像

永遠に同じようなことを繰り返しながら、それでも前へ前へ進むのだ

そもそも父方の祖母とは疎遠だった。これまでの人生で祖母と会った回数は、片手でじゅうぶんに数えられるくらい。最後に会ったのは十年ちょっと前、父の葬儀だった。それからわたしは大人になり、大人というのは自由で、だから会いたくなればいつでも会えると思っていた。
でも、会いたくなれば、っていつだろう? 親戚とはいえ、人生で数回しか会ったことのない相手に対して「会いたい」と強く思うことなんてやってくるのだろうか。

そうやって時は過ぎてゆく。会いたいと思おうが思うまいが時間はいつも平等に過ぎていってくれるから、その平等さ加減に助けられたり、痛い目にあったりする。あのとき会っておけばよかった。時間は取り戻せない。その代わりに、過ぎてゆけば出来事の輪郭を都合よくぼかしてくれたりもするけれど。

なんだか、会っておかなければならないような気がする。祖母に対してふとそんな気持ちになったのだった。なんだか、理由はわからないけれど、いま会いに行かなくちゃ。嫌な予感とか、虫の知らせというのではなかった。でも、なぜかわたしを沸き立たせるものが胸の奥からぽこぽこと生まれ、わたしは行く段取りをつけた。
母から、父の遺したいわく付きの不動産について話し合いをしなければならない、と言われていたところでもあった。以前、一度そのような場は設けられたのだけど、まったく「話し合い」にはならず、それはいまのところただ気持ちを曇らせる思い出になって終わっていた。憂鬱な案件としてこころの下のほうに沈んでいたそれには、明確ではないものの期限がある。

祖母に会いに行こう。
かなり悩んだけれど、「話し合い」と、お彼岸、お墓参り、という理由も自分にくっつけて、わたしは会いに行く日取りを決めた。祖母とのスケジュールを優先した。話し合いとタイミングが合わないようなら、そちらには参加しない。話し合いに参加しないなら、父のお墓参りは祖母の家との地理的な問題で見送るかもしれない。とりあえずそれでもいい。生きているひととのいまを大切にしなければ。


ほぼ生まれて初めて、祖母に連絡らしい連絡をする。むかし控えていた祖母の携帯電話の番号は、まだ生きていた。祖母とのショートメールでのやり取りは新鮮だった。緊張して、返信を打つのに時間がかかる。かしこまり過ぎた言葉遣いは他人行儀で失礼かも、と思いながら、どこまでくだけた書き方をしていいのかわからなかった。適度に絵文字を入れつつ、祖母の返信を待つ。祖母の返信はいつも明快でわかりやすく、文頭は一文字下げて書かれていた。
祖母の家の細かい住所を知らなかったので、今さらながらそれも尋ねた。それが、ふいに、親不孝者ならぬ祖母不孝者であるような気持ちになった。


順調に日程は決まった。どこか不思議な、地に足のついていないことを計画しているような気分だった。わたしたちは何を話すんだろう。だいたい、祖母はどのような性格なのだろうか。思えば、わたしはそれすらも知らない。それすらも知らないのに、わたしは祖母の血を引いているのか、と思う。さらに不思議な気持ちになる。

幸か不幸か、日程のタイミングの関係で話し合いにはわたしも顔を出すことになった。気持ちの揺れる時間を過ごすことになりそうだけれど、終わったらお墓までの坂道を登り、供えるお花と一緒に濁った感情は置いてくることにしよう。墓石に水を流すように、わたしのたましいも一緒に清めてこよう。

グーグルマップに番地まで打ち込み、初めて訪れる祖母の家までの道のりをシミュレーションする。田舎だが駅からはほど近い。ただ、その駅に停車する電車はなかなかに少ない。一本乗り遅れたら一時間待つ、ということもあり得る。
ストリートビューで確認すると、開けた土地に洋風の建物が立っていた。これがおばあちゃんち、なのか。こんな家に住んでいるんだ。目の前には用水路があり、小さな橋が架けられている。
庭にはお花が植わっているのかな。この木は何だろう。周りの畑は祖母が手入れをしているのだろうか。それとも隣家のもの? スマホ画面を小刻みに動かしながら、わたしは行ったことのないその土地に思いを馳せる。


「検査のため××病院に入院しました。面会OKなので会えますよ。」
約束の五日ほど前、祖母からショートメールが入った。検査のため、と書いてあるけれど、こんなに急に入院することがあるのだろうか。
「連絡ありがとう。そうなんですね…お加減いかがですか。面会できるようならわたしは会いたいですが、しんどかったら当日でもいいので遠慮なく教えてくださいね。」
スマホ画面が明るさをうしなうように、わたしの気持ちも暗転した。病院の名を検索ボックスに入れる。サイトのトップページに映った白い建物を眺める。
やっぱり、いま、会いに行こう。
病院までの経路を検索し、シミュレーションし直す。できれば、家主が不在でも祖母の家を訪れたかったのだが、少ない本数の電車での行き来を考えると厳しそうだった。仕方ない。この仕方なさは、また次の機会を作る布石だと思うことにしよう。

もう一度サイトを見ると、病院での面会は三十分以内にと注意書きがあった。面会ができるようになっただけでも、やはりいまはわたしの行くべきタイミングなのかもしれないと思う。
三十分。どう過ごそう。何を話そう。手土産は? 食事制限などはあるのだろうか。食べ物はやめたほうが無難かもしれない。本を読むのは好きかな?  でも、どんな本を?
やはりわたしは祖母のことを何も知らない。

新幹線の駅から在来線に乗り、一度乗り換え、もう一度乗り換え、バスに乗る。病院の名前のついたバス停で降りる。バス停では、通院や見舞いで降りる客が数名いた。
晴れていて、傘がいらないだけでもありがたいと思った。数日前までの寒さが嘘のような陽射し。バス停を降りるとすぐ病院で、目の前にはコンビニと花屋とたこ焼き屋が軒を連ねていた。ちょうどいい、と花屋をのぞく。片手のサイズくらいの小さなミモザの花束を買う。この花屋は見舞の品を求めに来る客もきっと多いのだろう。

花屋を出て病院へ向かう。入口を間違えたのか、かつて使われていたであろう古い病棟の裏庭のようなところを歩いた。「順路」と書かれた標識に従って歩く。緑が多く、小さな池もあった。患者さんはここを散歩したりするのかな。しかし見渡す限り誰もおらず、閑散としていた。

病棟へ到着する。検温と手指消毒を済ませエレベーターホールへ向かう。わたしは緊張していた。なぜか喉が渇いて仕方なくて、持参した水を飲んだ。右手に提げた紙袋には、先ほどの花と写真集。迷った挙句、見舞の品は世界の庭や花々の写真がふんだんに載っている本を選んだ。家の感じから植物は好きそうだったし、何よりただ眺めているときれいだった。


「こんにちは、失礼します」
病室の前で声をかけると、ぱたとスリッパを履く音がして、祖母はカーテンを開けた。
「いらっしゃい、遠くから」
そこには祖母がいた。ベージュのパジャマに生成り色のカーディガンを羽織っている。十年以上前に会った記憶と結びつけようとするが、うまくいかない。
病室は四人部屋だったけれど、入院患者は祖母ともうひとりしかいなかった。高層階の窓際で、眺めはとてもよかった。わたしの通った古い病棟も小さな池もちゃんと見えた。
「来てくれてありがとう。ユウちゃん、すっかり大人になって」
わたしはもじもじしてしまい、何を話したらいいのかわからなくなった。とっさに幼い子どものように下を向いて、紙袋を渡す。
「まあ、きれいね。ミモザね、いい黄色ね」
こういう黄色は自然にしか出せない色ね。祖母の言葉を聞きながらわたしはすっかり子どものままで、気の利いたことは何も言えずに続けて本を差し出す。何も言えなかったけれど、この本もよろこんでくれるに違いないという確信がなぜか湧いた。
「まあ、いろんなお庭。いいわね、わたしもお庭が好きよ。以前はたくさん花も植えてね、いま時期は檸檬もたくさんなって」
祖母はご機嫌そうに話してくれた。気を遣わせているかもしれないと途端に不安になる。わたしはかろうじて「あ、座ってください」と言う。

三十分しかないんだから。わたしは何日もかけて、この日の、この三十分のためのトピックを選んできた。念の為と手帳にメモはしていたけれど、わたしの頭からはすっかりそんなことは抜けていた。
祖母はガラスコップに水をくみ、ミモザを活けた。窓辺に置くと、花と水とガラス越しの外の世界が一緒くたに陽光を浴びる。

「ユウちゃん、おとなになったわね」
あらためて言われるとわたしは恥ずかしくて、うまく言葉が出ないままだった。
「わたしね、五年か六年くらい前に、自分の人生を振り返って自伝みたいなものを書いたの。一年くらいかけて」
「へえ、自伝、すごい」
「最初は手書きでノートに書いてたんだけど、ブログっていうの? そういうものに残したほうが印刷とかしやすいんじゃないかなと思って、途中からパソコンで書いてね。でもうちはネットが通じてないから、図書館とネットカフェに通って書いたのよ」
「ネットカフェ」
「うん。あそこは意外といいわね、コーヒーも飲み放題だし」
三十分、と思いながらわたしは祖母の話を聞く。

「それでね、あれを書き終えて、わたしはもう、文章について思い残すことはないなと思ったの。文章を書く抽斗を使い果たして、最後を通過したっていう感じ」
「そうなんだ」
「だから、わたしはまた、ただ字を書く人に戻ろうと思う。わたしね、ずっと書をしてるの。習字ね。若い頃から。それでね、この先は、うまく書けないなあって悩みながら筆を持ってる若い頃に戻りたいと思ったの」
わたしは祖母のことを何も知らなかった。書をしていることも、自伝を書いていたことも。何も知らなかったんだ、と思うと、わたしは泣きそうな、どうしていいのかわからない気持ちになった。

「ユウちゃんはまだまだこれからのひとだからね、これからやりたいことをおやりなさいね」
祖母は言った。
「あなたは文章を書くことが好きでしょう。違う? お父さんに似てね。あんなふうにはならなくていいけど、血は継いでるわね。
言葉と言葉のあいだにある、まだ言葉になっていないところのことを、たくさん抱えておきなさい。いろんなことが豊かになるから。そういうものは大事よ」
無言のままわたしは頷いて、その有り様はまるでただの子どもだった。わたしは祖母の前で子どもになれて、だからわたしの抱える何かを見抜いてくれたのかもしれないと思った。

三十分、と現実に帰り、立ち上がって退室の準備をする。窓の外を見ながら持参した水を飲んでいると、「ちゃんと口紅を塗りなさいよ。お仕事でお客様にはそういうことをしてるんでしょ」と言われた。今日は一日マスクをしていると思い、何も塗っていなかったのだった。


エレベーター前で別れる。最後まで手を振って、そしてドアが閉まる。「おばあちゃんの自伝、読んでみたいな」と、言えなかった。わたしは本当に、祖母の前でただの恥ずかしがり屋の子どもだった。


いいなと思ったら応援しよう!