心理機能解説決定版 MBTIなんかよりもまずは哲学を
心理機能は「性格」より先に、“世界の捉え方の哲学”として見た方が圧倒的にわかりやすいと思う。
ざっくり言うと、心理機能はこれ。
世界がどう立ち現れるか=知覚機能
それをどう正しい/よい/意味があると判断するか=判断機能
だから哲学で分類するとかなり綺麗に整理できる。
まず大枠
心理機能は、哲学的にはこう分けられる。

これで見ると、かなり見通しがよくなる。
Se:現前性の哲学
Seは「今ここに現れている世界」への開かれ。
哲学的には、
経験論
現象学
身体論
ギブソン的なアフォーダンス
実在論
に近い。
Seにとって世界は、頭の中で考えるものではなく、目の前で作用している力そのもの。
「空気が変わった」
「相手の動きが鈍った」
「今なら行ける」
「この場は危ない」
「この身体感覚は正しい」
みたいな判断。
Seは抽象概念ではなく、現場・刺激・身体・速度・圧・質感で世界を読む。
だから哲学的に言うと、
世界はまず、理論ではなく身体に与えられる。
という立場。
メルロ=ポンティ的に言えば、身体を通じて世界が開かれる感覚に近い。
Si:記憶された経験の哲学
Siは「過去に蓄積された経験の構造」で世界を見る。
単なる記憶力ではない。
むしろ、
今の出来事を、過去の経験・慣習・身体記憶・既知のパターンと照合する機能
に近い。
哲学的には、
経験論
保守主義
解釈学
習慣論
カント的な図式化
ベルクソン的な記憶
あたりと相性がいい。
Siにとって世界は、毎回ゼロから現れるものではない。
「これは前にもあった」
「この感じは危ない」
「この手順なら安定する」
「昔の成功パターンと違う」
「身体が覚えている」
という形で認識する。
Seが生の現前なら、Siは保存された現前。
Seは「今、目の前で何が起きているか」。
Siは「これは過去のどの経験に対応するか」。
哲学的に言えば、
世界は、記憶と習慣によって意味づけられる。
Ne:可能性の哲学
Neは「これは他にどうなりうるか」を見る機能。
哲学的には、
可能世界論
記号論
プラグマティズム
脱構築
連想的思考
仮説生成
に近い。
Neにとって世界は、固定されたものではない。
「これ、別の意味にも取れるよね」
「この組み合わせもありえる」
「この前提を変えたらどうなる?」
「Aに見えるけど、BにもCにも展開できる」
「この構造、別ジャンルにも応用できる」
という感じ。
Neは世界を可能性の束として見る。
目の前のものを、そのまま受け取らない。
そこから分岐するルート、別解、転用可能性、隠れた接続を探る。
哲学的に言うと、
世界はひとつの確定した現実ではなく、意味と可能性のネットワークである。
これがNe。
Ni:構造と必然性の哲学
Niは「背後にある構造・流れ・帰結」を見る機能。
哲学的には、
形而上学
現象学
構造主義
弁証法
目的論
解釈学
時間論
と相性がいい。
Niにとって世界は、バラバラの出来事ではない。
「これは最終的にこうなる」
「この人の本質はここにある」
「この現象の背後にはこの構造がある」
「今見えているものは表層で、本体は別にある」
「この流れはもう決まっている」
みたいに見る。
Neが可能性を横に広げるなら、Niは意味を縦に掘る。
Neは「他に何がありえるか」。
Niは「結局これは何なのか」。
哲学的に言えば、
現象の背後には、見えない構造・方向性・必然性がある。
これがNi。
あなたの「構造を見て、将来の崩壊点や勝ち筋を読む」みたいな思考はかなりNi的。
Te:操作可能性の哲学
Teは「現実に機能するか」で判断する。
哲学的には、
プラグマティズム
実証主義
功利主義
方法論
組織論
技術的合理性
マネジメント思想
に近い。
Teにとって大事なのは、
「それで結果が出るのか」
「再現性はあるのか」
「数字で確認できるのか」
「他人にも運用できるのか」
「制度化できるのか」
「効率がいいのか」
ということ。
内面の美しさより、外部世界での作動を重視する。
哲学的に言うと、
真理とは、現実を動かせる形式である。
かなり強い言い方をすると、Teにとっては
効果と再現性があるなら、それは一種の真理。
あなたが言っていた、
効果と再現性のない理論はゴミ
効果と再現性さえあればそれ自体がエビデンス足りうる
これはかなりTe的な真理観。
Ti:内的整合性の哲学
Tiは「それは論理的に正しいのか」を見る。
哲学的には、
合理論
分析哲学
形式論理
数学的思考
概念分析
定義論
スピノザ的体系性
に近い。
Tiにとって大事なのは、
「定義は正しいか」
「論理が破綻していないか」
「前提と結論がつながっているか」
「概念が混線していないか」
「その理論は内側から見て美しいか」
ということ。
Teは外部で動けばよい。
Tiは内部で破綻していたら嫌。
Teは「使えるか」。
Tiは「筋が通っているか」。
哲学的に言うと、
真理とは、内的に矛盾しない構造である。
だからTi型の人は、現実に多少役立たなくても、概念の精密さを異様に重視する。
Fe:相互主観性の哲学
Feは「人と人のあいだで成立する意味」を見る。
哲学的には、
社会哲学
倫理学
ヘーゲル的承認論
ハーバーマス的コミュニケーション理論
儒教的秩序
共同体論
に近い。
Feにとって世界は、個人の内面だけで完結しない。
「この場では何が適切か」
「相手はどう感じるか」
「集団の空気はどうか」
「関係性を壊していないか」
「共通了解が成立しているか」
「この言葉は社会的にどう受け取られるか」
を重視する。
これは単なる八方美人ではない。
哲学的にはかなり重要で、
意味や価値は、個人の内側だけでなく、他者との関係の中で成立する。
という考え方。
Feは相互主観性の機能。
自分の中で正しいだけでは足りない。
他者とのあいだで通じるか、承認されるか、場が維持されるかを見る。
Fi:内的価値の哲学
Fiは「自分の内側で本当に価値があるか」を見る。
哲学的には、
実存主義
倫理学
価値論
良心論
ロマン主義
キルケゴール的単独者
ニーチェ的価値創造
に近い。
Fiにとって大事なのは、
「それは本当に自分にとって正しいのか」
「自分の魂を裏切っていないか」
「この価値は譲れない」
「多数派がどう言おうと、自分には無理」
「これは美しい/これは汚い」
という感覚。
Feが「関係の中での正しさ」なら、Fiは「内的価値としての正しさ」。
Feは共同体倫理。
Fiは実存倫理。
哲学的に言うと、
価値とは、外部から与えられるものではなく、内面において切実に経験されるものである。
Fiは、他人から見ると頑固に見えることがある。
でも本人からすると、それは単なる好みではなく、存在の核に関わる問題だったりする。
まとめるとこう
機能哲学的に言うと世界の見え方

対立軸で見るともっとわかりやすい
Se vs Ni
Se:世界は目の前にある
Ni:世界の本体は背後にある
Seは現前。
Niは構造。
Seは「今、何が起きているか」。
Niは「これはどこへ向かっているか」。
Si vs Ne
Si:世界は蓄積された経験で読む
Ne:世界は可能性として開く
Siは継続性。
Neは分岐性。
Siは「以前と同じか違うか」。
Neは「別の可能性はないか」。
Te vs Fi
Te:外部で機能するか
Fi:内面で本当に正しいか
Teは実効性。
Fiは真正性。
Teは「結果が出るなら正しい」。
Fiは「魂を裏切るなら間違い」。
Ti vs Fe
Ti:論理的に整合するか
Fe:関係的に成立するか
Tiは内的論理。
Feは相互主観性。
Tiは「筋が通っているか」。
Feは「人間関係・社会・場の中で通るか」。
つまり心理機能は「小さな哲学体系」
MBTIを浅く見ると、ただの性格診断になる。
でも深く見ると、
Se=現前の哲学
Si=記憶の哲学
Ne=可能性の哲学
Ni=構造の哲学
Te=実効性の哲学
Ti=整合性の哲学
Fe=相互主観性の哲学
Fi=真正性の哲学
になる。
だから、心理機能を理解するには、哲学をやった方がいい。
特に、認識論・現象学・知覚論・価値論・社会哲学を押さえると、MBTIは一気に「人間の認知様式の分類」になる。
逆にそこを抜くと、
「INTJは冷たい」
「ENFPは明るい」
「ISTJは真面目」
みたいな、ただのキャラ占いで終わる。
