【中編ホラー小説】真・夜巫女《ヨミコ》グループ
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十センチ先も見えないような吹雪だった。
リフトに乗る前までは、たしかに晴れていた。山の上の空は冷たく澄んでいて、ゲレンデの斜面には、日光を弾いた雪が砂糖のように輝いていた。
しかし、山の天気は変わりやすいという、当たり前すぎる言葉を思い出す暇もないほど、白いものが急に視界を塞いだ。
最初は、風が少し強くなっただけだと思った。次に、雪面の凹凸が分からなくなった。そして、気がついたときには、僕の周りから、リフトの音も、スピーカーから流れていた陽気な音楽も、スキー客の笑い声も消えていた。
「このまま、下に降りれば、きっと、どこかには出るはず……」
自分に言い聞かせるように呟いて、僕は、左右のスキー板をぎこちなく動かした。普通のアルペンスキーで遭難するなんて、来る前の僕なら笑ったに違いない。
そもそも、母が商店街のくじ引きで当てたというスキー旅行に、僕は、あまり乗り気ではなかった。寒い場所は嫌いだったし、冬の山にわざわざ行く人の気持ちも、正直よく分からなかった。
それなのに、母は、妙に熱心だった。
「せっかくだから行きましょうよ。たまには親子で旅行もいいじゃない」
そう言った母は、いつもより少し早口だった。仕事で疲れているはずなのに、旅館やスキー場のパンフレットを広げて、必要なものを次々とメモに書いていた。その姿を見て、僕は、まあ親孝行のつもりで付き合うか、くらいに思ったのだ。
けれども、今になって考えると、母は旅行を楽しみにしていたというより、何かを急いで済ませようとしていたような気がする。
僕は、雪に足を取られた。柔らかい場所に入ってしまったらしく、板の先が深く沈んだ。ゲレンデの圧雪された斜面では、ない。木と木の間隔が近く、細い枝が顔の横をかすめる。ゴーグルの外側に雪が貼りつき、息を吐くたびに内側が曇った。
「まずいな……」
携帯を取り出そうとしたが、厚い手袋のせいでポケットのファスナーがうまく開かなかった。
立ち止まると、寒さが急に強く感じられた。母が買ってくれた高機能のスキーウェアの内側に、細い針のような冷気が忍び込んできた。指先の感覚が鈍くなり、足首のあたりもじんじんと痛んだ。
日が陰ってきている。山の夜は早い。そう考えた途端、喉の奥が狭くなった。
僕は、木々の隙間を縫うように歩いた。滑るというより、雪の上を無理に進んでいるだけだった。どちらが下なのかも分からない。斜面の向きさえ、白い空間に吸い取られてしまったようだった。
そのとき、雪の向こうで、薄い緑色の光が瞬いた。
「え?」
目を凝らすと、それはもう見えなかった。雪片が光を反射しただけかもしれない。けれども、その色は、ゲレンデの照明や標識の色とは違っていた。蛍の光を砕いて、凍らせたような色だった。
僕は、首を振った。寒さで変なものが見えたのだと思った。
しばらく進むと、雪の壁のような場所に出た。両側が不自然に高く、真ん中だけが人一人通れるほどに窪んでいる。除雪された道にも見えたが、足元に舗装はなかった。雪の底が妙に固く、スキー板の裏に、木の廊下を踏んだような感触が返ってくる。
「これは……道、なのかな」
そのまま歩いていると、雪の壁の隙間に、建物の影が見えた。
「やった。おーい、おーい!」
僕は、思わず叫んだ。返事はなかったが、その影は確かにある。雪に消えそうな黒い輪郭が、ゆっくりと大きくなっていく。助かった、と思う気持ちと、どうしてこんなところに建物があるのだろう、という疑問が、胸の中でぶつかった。
雪を掻き分けて辿り着いたのは、大きな平屋の木造建築の前だった。
合掌造りの建物に似ている。けれども、よく見ると違っていた。急勾配の屋根の頂には、神社の鳥居の一部を巨大化させたような黒い棒が立っている。両脇には、八角形の塔のような建物が二本並び、そこに金色のバッテン印を組み合わせたような装飾がついていた。
古い村の家にも見える。宗教施設にも見える。雪山の観光客向けに作った妙なロッジにも見える。けれども、そのどれとも言い切れなかった。
建物に近づくにつれて、吹雪が静まっていった。
風が弱くなったのではない。音だけが遠ざかっていくようだった。僕の背後では、まだ雪が荒れているはずなのに、玄関の前だけは、雪片がゆっくり落ちている。まるで、この家の周りだけ、別の時間が流れているようだった。
怪しそうだと思った。
でも、身体は冷え切っていた。暖を取りたい気持ちのほうが、警戒心よりもずっと強かった。僕はスキー板を外して抱え、家の雰囲気に不釣り合いな、ホテルの入り口のように整ったエントランスを潜った。
中は、外から想像したよりも広かった。
床は黒く磨かれた木で、壁には太い梁が露出している。けれども、天井の隅には、古い神棚と、サーバーラックのような金属の箱が並んでいた。箱の表面には、青白い小さな光がいくつも点滅している。それは機械のランプに見えるのに、光り方は、蝋燭の火に似ていた。
大きな一枚木でできているような受付台に、女の人が一人座っていた。
彼女は、巫女装束のようでもあり、教科書の副読本に載っていた東欧のドレスのようでもある、不思議な服を着ていた。白い布地には、細い幾何学模様が刺繍され、袖の内側にだけ、古い血の色に近い赤が覗いていた。
僕と視線が合うと、彼女は一重の細い目をさらに細め、にこりと微笑んだ。
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