【SF短編】夢をお金に変える方法
1.
その日、桜井 健太郎は、大学の研究室でコーヒーのマグを手にとって、パソコンを立ち上げた。博士課程で学位を取ってから、大学の助教として二十年間働き続けた――それが、彼にとって『自分の生涯』であった。万年助教として、いつも同じ机で同じデータを確認し、教授や講師の手助けをする日々であった。教授の授業資料を整えたり、実験室内の整理整頓を行うといった単純作業をしながら、月給を稼ぐことができていればいい、そう思っていた。
「さて、仕事を始めるか」
立ち上がったパソコンのメールボックスを開いた。すると、そこには一通のメールだけが残されていた。
>件名:解雇通知
>本文:人件費削減に伴い、あなたのポジションは、即時終了となります。必要書類は本日中に提出してください。
大学改革とやらで、アメリカ式に解雇されることが当たり前になっていた昨今、五十歳を過ぎたからには、いつかこんな日がくるのではないかと分かってはいた。健太郎は、泥のような味のするコーヒーを飲みながらも、これからどうしようかと震える手で考えた。教授は、今日は学会でいないはず……狙っていたのか。アパートの家賃も払わねばならないし、食費や年金――。居室を出ると、事務員が目をそらした。
その後、どうやって、家まで辿り着いたか覚えていない。独身で、両親は早く他界し、兄弟も親しい友人もいない。何もかもが独りであることが当たり前だと思い込んでいたが、久しぶりに孤独感に打ちのめされた。その夜、自分の机で何度も紙に「どうする?」と書きなぐっていたら、いつの間にか朝になっていた。
焼いていないパンを咀嚼し、インスタントコーヒーをガブ飲みして、口の中に流し込みつつパソコンの前に座った。
「まずは、求人を探すべきだろう。ともかく、本職が探せるまでのつなぎで、何か片手間にできそうなものは……」
声に出しながらネットサーフィンをしていると、『夢モニター募集――高額報酬』という見出しの奇妙な求人広告が目に留まった。
「なんじゃ、こりゃ? 何、ただ寝て脳波を取るのか? 随分、報酬が高いね。これはいい……ぽちっと!」
徹夜明けの妙なテンションで、広告のフォームから応募した。
「……え? ウソ、すぐに、面接?」
すると、直後に返信があった。単に応募の自動返信メールかと思って読んでいくと、まるでAIが作ったような定型文だったが、面接場所が指定され、すぐ来て欲しいとの記載があった。
マップ上で探すと近所だった。
「怪しいなあ? ……でも、ただ部屋にいても仕方ないし、行ってみるか」
そのままジャケットを羽織り、部屋をでた。
* * *
指定された住所へ行くと、そこは薄暗いビルの半地下にある小さなオフィスだった。無骨な鉄扉の横に置かれたインターフォンを手に取った。
「こんにちは、メールした桜井です」
「お待ちしていました、そのドアを開けて、正面の部屋に入ってください」
若い女の人の声で、応答があった。電磁鍵が開いたので、ドアを開ける。
すると、そこはテーブルと事務椅子だけが置かれている、がらんとして何もない部屋だった。窓からは、薄闇に浮かぶ蛍光灯の光しか見えなかった。
健太郎は、不安を抱きつつも好奇心が勝ったため、椅子に座った。
「こんにちは、健太郎さんですね?」
すると、反対側の扉が開き、若い男性のような、ラフな服装の女性が入ってきた。
「わたしは、『ドリーム・フリー』の技術部のハセガワと申します」
彼女から名刺を差し出されたので、慌てて立ち上がって受け取る。そこには、『株式会社ドリーム・フリー あなたの夢を可視化します』とあった。
この会社、『ドリーム・フリー』の名前は、夜中につけたテレビ番組で、その技術的優位性と市場投入までのスピードで注目を集めているとかなんとか言っていたのを、聞いたことがあった。しかし、そのCEOとやらがインタビューを受けていたのは、都心部エリアで再開発された高層ビルの今風オフィスだったはずだ。
「本社住所、このオフィスとは違っていますよね?」
「ここは、モニターさん用の研究室の一つなんです。都内だと電磁波が強くて、すこし郊外のここに用意したんですよ。微弱信号を扱うので」
ハセガワの声は穏やかだが、笑顔の割に、異様に目つきが鋭かった。瞳には、何かを計算しているような光が宿っていた。健太郎は、大学によくいる研究者タイプの人だと思った。
「では、こちらにどうぞ」
テーブルの部屋の奥に案内される。すると、そこには、ビジネスホテルのようなベッドが一つと、医療機器のような無機質な機械と、複数のモニターが繋がれたフルタワーのPCが置かれていた。ベッドの反対側には、小さな冷蔵庫が置かれていた。
「こちらが、夢を読み取るヘッドセットです」
彼女は、PCの横から、薄い金属の網目状のヘッドギアとイヤホンを差し出して、説明した。まるで、昔に事件を起こしたカルト宗教の帽子みたいだと、ふと思った。
「……この装置は、睡眠中に起きる脳活動をリアルタイムで解析します。解析したデータは、本社にある画像生成AIへ入力され、あなたが見ている夢を可視化するんです」
「なるほど、それで夢のモニターですか。脳波を測定するんですね?」
「そうです。でも、この装置は脳波だけでなく、最新の超異常ホールセンサーアレイで、脳磁場も測定します。さらに、外部からの磁気刺激と音声刺激を組み合わせることで、夢を誘導することができます」
健太郎は、首を傾げた。
「夢を、誘導?」
「はい。音声は、レム睡眠から覚醒させてはまずいので、殆ど聞こえない囁きのような音ですし、磁気刺激もうつ病治療の医療機器の十分の一以下の出力なので、身体的には完全に安全です。装置の調整の関係で変な夢を見るかもしれませんが、それだけだと保障します。いかがですか?」
彼女は、にっこり笑って応えた。
「え、それって、何か危険があるんじゃないですか?」
ただ寝て脳波か何かをモニターされるだけかと思っていたので、健太郎は慌てた。
「いいえ、完全に危険はありません。ただ、夢を測定するモニターだけではないので、医療的な臨床試験に準じた報酬を用意させて頂きました」
ハセガワは、さっとPCの上に置かれていた紙束を差し出した。パンフレットと、誓約書と、契約書だった。
「うーん」
パンフレットの方をパラパラとめくって読むと、ヘッドセットは、脳波だけでなく脳磁場まで計測し、さらに磁気刺激と音声刺激によって、夢の内容を細かく誘導するという仕組みだった。工学系の研究者である健太郎にとって、装置の仕組み的には、それほど危険はなさそうに思えた。
報酬は『月十万円』とあった。夜に寝るだけで、それだけの額が貰えるのであれば、生活費を賄うには十分だと思える。本格的な再就職先が見つかるまで、やってみてもよいかもしれない――
健太郎は、決断した。
「一晩だけ試してみるというのは、大丈夫でしょうか?」
「了解です。では、さっそく試してみますか? ――眠そうですし」
彼女は、笑顔で応えた。
「え、はい」
気を張っていたものの、五十歳を過ぎての徹夜は応えていたので、思わず頷いていた。
「こちらの誓約書だけ、サインください」
頷いて、得られたデータを匿名的に会社が利用する旨の内容の誓約書にサインすると、彼女に言われるまま、ジャケットと靴を脱いで、ベッドに横になった。
「装着しますね」
そのまま、装置を頭にかぶせられた。ヘッドセットは薄く、金属部分が皮膚に触れると、ひやっとした。
「リラックスしてください。息を吸って、吐いて……」
ハセガワの声が、耳元で囁くように告げた。
健太郎は目を閉じ、身体を横たえて、言われた通りに深呼吸をした。
すると、イヤホンから、あまり聞き取れない、ゆっくりしたメロディーの音楽と、鐘の音のような低音がリズミカルに流れた。心拍数を落ち着かせて、眠りにつかせるための音楽だろうかと思った。磁気パルスの刺激とやらは、まったく感じられなかった。
* * *
いつの間にか、健太郎は、不思議な感覚に包まれていた。夢と分かる夢の中で、彼自身が、かつて好きだった温泉地へ行っていた。露天風呂の先に、山々が緑に覆われ、湯気が立ち上る静かな風景が広がっていた。さらに、山の先には海が見える。
「見てください」
女性の声が、耳元で聞こえた。
「健太郎さん。あなたは、今、夢を見ています。私達、『ドリーム・フリー』の技術は、磁気刺激と音声刺激により、夢を見ながら夢を見ていることを知っている状態――明晰夢を人工的に作りだせるんです。うっすらと目を開けてください」
確かに、夢を見ているはずなのに、明確な意識があった。ハセガワの言葉に従い、少し瞼を開けてみる。
目の前にモニターがあった。そこには、先程の夢の風景がそのまま描かれていた。頭の中に浮かぶ映像が、リアルタイムで生成されて画面に映し出されているのだ。夢を見ていると分かっているのに、あまりにリアルな画像に驚いた。まだ、このような夢の画像化は発展途上の技術で、ごく粗い画像しか生成できないと思っていたが……。
「ヘッドセットから送られる情報を、私達のヘッドセットの信号に特化した最新の画像生成AIで処理しているから、これだけ鮮明なんですよ」
「すばらしい」
そう呟いた。モニターの画面の中の風景は、いつの間にか、本物の風景になっていた。その景色は鮮やかで、まるで、そこに実際に足を踏み入れたような感覚を覚えていた。そのまま、夢に入る前の数秒間、心はまだ現実世界とつながっているように思えた。健太郎は自分自身の夢を見ることに驚きつつも、同時に興奮した。しかし、夢を見ているという意識自体が朦朧としてきた。ヘッドセットから送られた磁気刺激のせいだろうか。そのまま、健太郎は、懐かしい温泉旅を楽しんでいた。別れて会えないあの人も、なぜか同じ部屋にいた。なんとなく、ハセガワに似ているような……。
そのままぐっすりと寝込んでしまったようだった。ベッドで目覚めて、思わずスマートウォッチを見ると、もう夜だった。
まだ夢の余韻が残っていた。頭痛もなく、身体全体に軽い疲労感だけがあった。ベッドの横では、心拍や脳波を監視する画面が光っていた。
「気がつきました? どうでした?」
隣の部屋から、ハセガワが顔を出した。
「大変、良い夢が見られました」
「そうでしょう。AIが、生成された画像から、あなたの望みも参照して、良い夢になるように、リアルタイムでコントロールしているんです」
「なるほど」
このコントロールされた夢は、ただの金銭的な救済ではない、と健太郎は思った。
「契約、します」
2.
それから数日、健太郎は『ドリーム・フリー』の研究室に通い、毎晩、同じ装置を使用するようになった。担当者は、ハセガワ一人だけだった。
健太郎が夜、『ドリーム・フリー』の研究室に出勤すると、まずアンケートを記載することになっていた。その日の体調、行動、何を買ったか等を詳しく記載し、その後、ハセガワにヘッドセットを付けてもらってベッドに横たわる。すると、単調な音声とともに、いつの間にか夢の中に入り込んでいる。
最初のうちは、不安や疑問もあったものの、次第に『夢の中で見える風景』がリアルタイムに生成される瞬間の感覚が、彼を魅了した。
充実した夢が、気分の落ち込みを抑えてくれている――と思った。
朝、ベッドから起きた後も、体調や夢の内容についてアンケートを書いて、ハセガワに報告すると、その日のモニターは終了となる。
健太郎は、地下の研究室からアパートに戻った後は、自由だった。
その日は、朝食を取った後、ずっとネットで就職活動をしていた。
疲れたので伸びをして立ち上がり、アパートの窓の外の青空を見上げた。
すると、古い書棚の隅に挟まった古いノートに視線がいった。
スケッチブックに使っていたそのノートを開くと、それは、若き日の自分が、海辺で潮風とともに語り合う女性の笑顔を描いたページだった。
……健太郎は、五十歳という年齢まで、独身を選んだ男だった。研究者として、上層部が求める『効率』と『成果』のギャップが重くのしかかっていた若い頃、恋愛関係が続かなかったのだ。
彼女は、存在しないような、するような、透明感のある存在で、健太郎の心の中で、いつまでも光っていた。しかし、現実は厳しく、彼女には自分の夢を語って引き留めることさえできず、大学で日々の業務に追われていた。
そんな健太郎にとって、夢とは、あくまで遠い記憶であり、触れられるものではなかった。しかし、『ドリーム・フリー』によって、夢というものがただの幻想ではなく、実際に測定し可視化できる現実的な対象だと知った。
今は遠い彼女も、幻想的な風景とともに、夢に頻繁に登場していた。健太郎は、毎晩、まるで、自分の心の奥底にある未開の島へを探検するようなワクワク感を覚えていた。
「まあ、ちょっと恥ずかしいけどね」
ハセガワは、起床後に映像化された夢をチェック用に見せてくれるのだけど、『彼女』もかなり鮮明に、美女化されて登場していたのだ。
* * * しかし、数日が過ぎたところ、健太郎は何かがおかしいことに気づいた。
夢を見ている間、意図していない瞬間に、夢の風景が変化したり、何かの音声が変化することがあったのだ。夢の中の万能感もあって、最初は単なる装置のノイズかと思った。彼が意識すると、夢は、健太郎が望んだ癒しの宿に戻っていたので。
さらにその次の日、健太郎は、夢の中で、全く知らない工場の風景の中にいた。
「おかしいな、あの海の宿に戻りたいんだが?」
それまでしていたように、強く、夢をコントロールしようと意識した。しかし、工場はどこまでも続いていた。戸惑いながらも、健太郎は、工場の中を彷徨いながら、どこからか聞こえる声に従い、工場の配管を目視で検査した。
起きてからハセガワに報告すると、彼女は、ただ頷いて、まだ開発中の技術なので、と告げた。
それから、彼の夢は変わっていった。次の日、彼は自分が、実際には見たこともない都市で飛び回るような感覚を味わった。周囲には巨大な広告看板と、人々が無理やり笑顔になる場面が映し出された。
「な、なんじゃこりゃ? 別に空を飛びたいとは思っていないんだが……無意識の願望?」
このまま、あの山と海の宿に戻ろう、と強く意識した。
すると、ヘッドセットが急に異音をたてたのが分かった。頭皮に電流が走って、夢の中の意識が揺らいだ。しかし、そのまま目覚めることはなかった。
「おかしいな、強く意識すれば、起きられると彼女は言っていたはずだが……」
その次の瞬間、健太郎は、彼は自分の名前を書いた紙を手に取っていた。そこには、『夢は、プロトコルCによりコントロール中です』と記載されていた。
直後、目の前が急に暗くなった。すると、彼の頭の上に大きな文字が浮かび上がった。『ドリーム・フリー』のロゴが、星空に浮かぶ光点のように淡い青色で描かれている。そして無数の夢のイメージを連想させる吹き出しの映像とともに『あなたの夢を、誰かが見ることで価値が生まれる』『さあ、楽しい夢の中へ』といった宣伝文句が、背景の花火とともにスクロールして上空に消えていく。
まるで、深夜テレビの放送終了時の映像みたいだ――と思ったら、目が覚めた。
「……起きられた」
目をしばたくと、珍しくPCの前に座っていたハセガワが振り向いた。
「今回は、あまり、お好きな夢じゃなかったでしょうか?」
「ええ。昨晩のように、上手く夢の方向性をコントロールできなかったようで」
「そうですか。こちらからの電磁刺激のフィードバックが、上手く働かなかったようですね。今晩は、これで終わりにしましょう」
ハセガワは、そう言うと、そのままPCのモニターに向き直って、ターミナルに何か打ち込み始めた。
「はあ……失礼します」
健太郎は、こっそりとポケットに挿した携帯の電源を入れて、無音で画面と彼女の手元を撮影しつつ、一礼して、研究室を出た。
* * * 次の日も、日中は就職活動をしたものの、あまり成果は芳しくなかった。
夜の帳が下りてレトルトのカレーを食べた後、ジャケットを羽織って、外にでて、また半地下の研究室まで歩いた。
ドアを開けると、PCの前でハセガワが何か作業をしていた。
「こんにちは。昨晩のことでお尋ねしたいんですが」
ハセガワは、振り返って、余所行きの笑顔になった。
「どうしたのですか?」
「昨日、家に帰って思い出したら、なぜか夢にエフ産業のルームフライヤー運動器具がでてきたように思ったんですよね。なんとなく、それが買いたくなったんですが……」
ぼかしつつ、夢の違和感について探りだそうとした。
「はい、夢のコントロール用の信号には、広告データも入っています」
ハセガワは、あっさりと認めた。
「その、広告データで見せられた夢を、コマーシャル用の映像として売るんですよね?」
「そうです。そのために、単なるモニター料以上の対価を支払っています」
ハセガワは、契約書を取りだして、『再現された夢映像データの著作権、著作者人格権、及びその他の知的財産権は、株式会社ドリーム・フリーに所属します』との条文を見せた。
その箇所について、健太郎は、元々、確認していたので頷いた。
「しかし、えーと、倫理的にはどうなんでしょう?」
彼女は、小さく頭を振って、静かに応えた。
「はい。桜井様の見る夢は、私たちが市場に提供する素材としての価値があるのです。『ドリーム・フリー』は、人間の潜在欲求を可視化し、それを広告やVR体験に応用するのです。でも、それは、私達の提供するサービスの対価であって、それだけではありません……」
ハセガワは、夢の可視化とコントロールによる睡眠の高度化が、人々に新たなインスピレーションや自己理解をもたらすと主張した。
「よく眠れなかったり、悪夢で起きた後で嫌な気分になったりといった副作用は、なかったでしょう? 自由に、見たい夢を見られるようになることで充足感を得て、起きている間の生活も充実させる――というのが私共の会社のポリシーです」
完全にその言葉を信じ切った様子で、ハセガワは説明した。
「サービスを安価に提供して維持させるため、ちょっとだけ広告を入れさせてほしいんです」
「はあ……」
「あなたの夢を、誰かが見ることで価値が生まれるんです。是非、このまま協力してください」
ハセガワの澄んだ目を見つめて、この人は、外見を整えることにはあまり関心がないようだが、美人だなあ、と思った。
「分かりました」
……現状、報酬が貰え、失業中の身であることを考えると、健太郎は、そのまま続けるしかないと判断した。
頷いて、ベッドに横たわってヘッドセットを被った。
3.
次の朝、いつものようにベッドから起きると、横にハセガワはいなかった。
「あれ、今日は、いないのかな?」
部屋から出ようとすると、開かなかった。ガチャガチャとドアノブを回そうとしたが、外から鍵がかかっているようだった。
「……な、なんだよ?」
パソコンデスクの横に、何か手紙が置かれていた。それをひったくって、読む。
『桜井様 御世話になっております。本モニター契約により、本日から三晩、データ取得完了まで、この部屋でお過ごしください。飲食料品は、冷蔵庫の中のものを自由にお使いください。毎晩、ヘッドセットを装着して頂いて、三日分のデータが取得できたら完了となります。これは、契約書の※※項の医療治験契約と同等の処置になります』
……やられた、と思った。確かに、契約書には、数日、終日のモニターをしてもらうこともあるといった記載があったはずだ。
「おーい、いないのか?」
隣の部屋に呼びかけたが、誰もいる気配がなかった。ハセガワは、この事態を報告しにでも行っているのだろうか?
「しかし、こりゃ、体のいい監禁だよね……」
この部屋に持ってきている鞄はあったが、入れたはずの携帯電話は、なかった。
寝起きなのに頭をフル回転させて呟きつつ、部屋の中を見渡す。小さな監視カメラがあったので、PC台を移動させて隠す。
「あーあー、これはプライバシー権の侵害だから、いいですよね? ちゃんとデータはとります」
わざと大きな声で、カメラに向かって言う。
何をしているのか聞かれるのはイヤなので、鞄の中の携帯音楽プレーヤーの音楽をかける。
部屋の中を見渡すと、ハセガワの操作していたPCは、そのまま部屋に置かれて、電源がついたままになっていた。ヘッドセットのデータをそのまま会社に送るサーバーになっているのだろうと思った。
「ふむふむ」
マウスを動かすと、パスワード入力のログイン画面がでた。
「人のいる前で、ルートにするコマンドなんか使うなよな……。職業欄に、工学部の助教って書いたはずなんだけど」
ハセガワは、研究だけ一生懸命にやって、他はずぼらなタイプだと、この何日か話して分かっていた。寝起きでぼーっとパソコンを見ているときに彼女が打ち込みながら、ぶつぶつ呟いていたパスワードを記憶していた。
そのパスワードを入力すると、デフォルトの壁紙のデスクトップ画面がでた。
「流石に、インターネットに接続はできないか。ありゃ、ほぼ全部のポートが、こっち側からはブロックされているな」
ポートスキャンを試したところ、ヘッドセットのデータだけが、特別なプロトコルで、直接、会社に送られているようで、それ以外のサイトには、接続できないようになっていた。
「他に、なにもないかな? お、これは……」
HDDの中を漁ると、ヘッドセットの回路図と、ファームウェアのソースコード、開発アプリを見つけた。
「ふむふむ。ハセガワは、ヘッドセットのファームウェアを改良していたのか。標準のワイヤレス通信プロトコルのソースをそのまま使ってるな。ありゃ、これは?」
――健太郎は、『ドリーム・フリー』が暗号化されたデータを送信していると同時に、内部テスト用に無害化されていない『バックドア』を設置しているのを見つけた。
「こんなセキュリティホールをそのままにしてるなんて、ハッキングしてくれって言っているようなもんだ」
ぽちぽちと静音でキーボードを叩き、ソースコードを書き換えて、バックドアからトロイの木馬のプログラムを送りだすようにする――ハッキングは、健太郎の少し後ろ暗い趣味の一つだったのだ。
健太郎は、自らの夢を利用することにした。『ドリーム・フリー』が送る信号に、トロイの木馬のプログラムを『ノイズ』として一緒に送信させるのだ。すると、サーバーが、その『ノイズ』をデコードしたら、向こう側からポートを開けることが可能になる。
「これでよし……っと」
ヘッドセットのファームウェアを書き換えると、もう夜になっていた。その間、誰も、建物に入ってくる気配もなかった――ちょっといいかげんな会社かもしれないと思ったが、まあその方がやりやすい。
ぶっつけ本番だったが、それなりの自信があった。昔、若気の至りで、匿名でネット上でイタズラをする『白ハッカー』集団に入っていたこともあり、大学での鬱屈した状況に匿名掲示板で暴れたこともあった。
「奴ら、ふてくされて寝ていると座っていると思っているんだろうな。まあ、お望み通り寝てやるよ」
健太郎は、ヘッドセットをつけて、ベッドに寝転がった。少し興奮したまま目を瞑ると、しかし、例の低音が聞こえてきて、眠くなってきた。
この機構は優秀だな、別に変なことを考えないで、睡眠導入機としてこのヘッドセット売れば良いのに、と思ったら、もう夢の世界に入っていた――
4.
気がつくと、健太郎は、データセンターらしき建物の中にいた。
「これは、夢だけど、なんか凄くリアルだな……」
いつものリアルな夢を見ていると思ったが、どうやら、例のトロイの木馬が働いているようだと気づいた。
「そうか、『ドリーム・フリー』の施設に入っている夢をみながら、実際に操作できるの、か?」
心拍数が上がる中、健太郎は、建物の薄暗い廊下へと足を踏み入れた。ブーンブーンと空調の音がうるさかった。そこは、『ドリーム・フリー』のサーバールームへ向かう道だと、なぜか確信していたが、監視カメラが無数に設置されていた。
「ふふん! ちくしょうめ! 怒ったぞ!」
健太郎は自らが『夢を商品化』されている現実に対し、強い怒りと不満を感じた。すると、その監視カメラが粉々に砕け散った。
「おー、いけるな!」
このように、意図的に、怒りや驚きといった特定の脳波脳磁場のパターンを誘発すると、それをトリガーとして反応するようにトロイの木馬をプログラムしていたのだ。『ドリーム・フリー』が想定していない非正規通信を引き起こすことで、企業側のシステムに不具合を生じさせ『夢が操作できない』と錯覚させるのだ。
健太郎は、サーバールームの扉へと走り、鍵を開けて、イントラネットの映像データを検索する。
「おー、夢でサーバーを検索するなんて、変な気分だな」
すると、『幹部社員技術研修(社外秘)』とやらの名前のファイルが見つかった。
「ぽちっとな」
再生すると、以前にテレビで見た、禿げ頭のいかつい顔をしたCEOの佐藤某が、大きなホールで話す映像が流れた。
いつの間にか、健太郎は、聴衆の一人になっていた。
「夢は市場価値を持ちます」
佐藤CEOは、よくあるテック企業社長の胡散臭い笑顔を浮かべて、笑ってない目で語りかける。
その顔がフェードアウトして、簡単なプレゼン用のCGが表示された。
眠るユーザーの頭皮にヘッドセットが装着され、脳波と脳磁場の情報が暗号化されて、雲(クラウド)上の巨大なデータセンターに流れ込んでいた。
「ユーザーから取得された情報は、AIアルゴリズムによって瞬時に解析され、映像データとして再構築されます。ご存じのように、私達は、夢を再現する技術を、高精度脳磁場センサーアレイのデータと、新開発の脳=夢モデルAIにより、従来より一段と高いレベルに引き上げました」
ユーザーの見ている夢がデフォルメされたような四角い板を佐藤CEOが掴んで、データセンターの中に仕舞うCGが表示される。
「ユーザーの見ている夢そのものの映像が、自動的にタグ付けされ、複雑なメタデータを付加されて整理され、巨大データベースに蓄積されます」
データセンターの倉庫に、テレビの画面のように変化して荷札が多数付けられたものが保管されるCGが表示される。
「この蓄積された個別のデータを『夢トークン』と呼びます。この映像データ、『夢トークン』は、単なる芸術作品ではありません。『夢トークン』は、ブロックチェーン技術により所有権を証明できるようになっています」
そこで、佐藤CEOは、ろくろを回すように手を広げて、熱っぽく語りかける。
「契約上、データの所有権及び知的財産権は、『ドリーム・フリー』がもつことになっていますから、これらは会社の資産となります」
そこまで観て、健太郎は、唸った。
「……商売とはいえ、単に良い夢を見られるだけじゃなかったんだな……」
――『ドリーム・フリー』は、表向きは、脳波研究とAI技術を結びつけた先進的なスタートアップとして知られていた。会社は、人々が見た夢を可視化するサービスを一般に提供することで金銭的な利益を得るものだと思っていた。
しかし、『夢トークン』とやらも商品とするつもりなら、夢自体も企業が望む方向へとコントロールされている可能性もあると思った。
そう思い至ったとき、CGの画像が、雲からユーザーの方向への矢印を描画する。
「私達の技術は、ただ夢を再現するだけではありません。ご存じのように、ヘッドセットに埋め込まれた磁気刺激装置は、微細な電流で脳内の神経回路を揺さぶり、同時にイヤホンからは低周波音が流れます。この組み合わせにより、被験者が眠っている間に、私達が、夢の内容をある程度、コントロールすることができるのです」
佐藤CEOは、また笑っていない目で、にっこりと微笑んでみせる。
「これにより、私達は、夢という無意識の領域に潜み、広告やマーケティングの新たなフロンティアを切り開くのです」
また、CGの映像が、個人毎に最適化された『夢映像』を生成する例について説明した。
ユーザーは、『夏休みの海』の夢を見ていた。そこに、AIが旅行代理店、ビーチウェア等の関連する商品を、夢映像内に挿入した。
「……夢の中で消費者心理を刺激し、潜在的な広告効果を最大化することで、『夢トークン』を広告素材として最大限に利用できます。それだけではなく、ユーザーの起床後に、広告の物品の購入意欲を高めることができます」
CGの画像は、『夢トークン』が広告代理店に売られる様子を示していた。
「将来的には、『夢トークン』は、市場で売買できるようになるでしょう。加えて、収集したユーザーの脳波データは、単なる生体情報ではなく、人格や感情パターンの解析にも使われます。これにより、個々人の嗜好を正確に把握し、広告配信の精度を上げることができるのです」
CG映像は、蓄積されたデータが投資家や広告主に対して、『夢市場』の価値を創出し、会社の利益の源泉となると表示していた。
「私達は、収集したデータそのものを活用します。会社は、蓄積された夢映像とAIの解析結果で市場価値を算出します。そこから得られた利益は、投資家へ配当として還元され、さらに新しい研究開発へ投入されるというサイクルが回っていくと期待されます」
佐藤の眼差しは、どこか遠くを見つめているようだった。
「私たちは、人間の無意識をビジネスに変えるのです」
「……そうだったのか」
健太郎は、自分が意識しないうちに『夢を商品化』されていることに驚愕した。
『ドリーム・フリー』は、『夢を可視化する』という洗練されたサービスを提供するだけの会社だと思っていた。しかし、実際には、彼らが追求しているのは『夢そのもの』ではなく、『夢を貨幣化する仕組み』であった。
ヘッドセットに埋め込まれた磁気刺激装置と音声刺激は、単なる夢のコントロール手段ではなく、夢の内容自体を『最適化』するために使用されていたのだ!
「……怪しいとは思っていたが……」
健太郎は、身震いした。夢の中なのに、眠気が覚めていた。
CG映像の中では、また、佐藤が気味悪い笑みを浮かべていた。
その瞳に映るのは、夢という未知なる領域を手の中で握ることへの欲望と、誰もが持つ『自分だけの物語』を商業的価値へ転換する冷酷な計算なのだろう、と思った。
「うーむ」
映像を見終わった後、何か証拠になりそうな情報をと、サーバー内をサーチした。まるで、自分が、プログラムになって、サーバーの中を泳いでいるような気分だった。
「この技術自体が、ハッカーに有用かもなあ」
自分の『夢トークン』、脳波、脳磁場データの暗号鍵も見つかった。
「これで、自分のデータを解析するか……」
データベースから、使えそうなデータと自分の記録データを、さっとPCへダウンロードさせる。
その直後に色々な機器のログを削って、撤収する。
5.
健太郎は、起き上がると、早速、PCに向かって、自分の記録データを解析した。
ポートは開けておいたから、解析ソフトもダウンロードし放題だ。
「さて、会社が異常に気づく前に……」
バイナリーデータをちょっと見ただけで、夢を誘導するデータの中には、確かに、企業のロゴや広告文、さらには特定の商品やサービスへのリンクが含まれていた。
ハセガワの話していた『ちょっとだけ』のレベルとはとても思えなかった。
「まいったね……こんなのが許されるのか?」
胸中に深い不安と怒りが込み上げた。彼女のような研究員のレベルでは、まっとうな社是の会社なのかもしれないが、佐藤CEOがあの研修ビデオで語っていた言葉とは、かなり距離があると思った。企業の目的は、人々の無意識を『データ』として扱い、さらにそれを操りながら利益を最大化することなのが明白だった。
「ほんとに、どうしようかな?」
健太郎は、次の就職先が決まったら、単純にすぐモニターを辞めようと思った。企業の手から逃れ、自らの無意識を守るためにヘッドセットを外すべきだろう、と思ったのだ。
もし、彼がデータを送信し続ければ、『ドリーム・フリー』に更に多くの個人情報を集められる可能性がある。もう、あの昔の思い出の『彼女』のことも知られている……。
「こいつは、自己決定権の侵害だよな。やっぱり許せない」
健太郎は、立ち上がる決意を固めていった。
「やっぱ、この事実をオープンにすべきだな」
ハセガワからは、既に彼のようなモニターが全世界で数百人以上いると聞かされていた。
健太郎は、最終的なモニターの一人で、サービス自体も、来年には開始される予定だそうだ。
あまり猶予はない、と思った。
「よし、やるか……」
決断したら早かった。
健太郎は、自らの記録データと、あの佐藤CEOの映像を外部に流出させることにした。
「ぽちっとな」
データは匿名のまま、暴露系のSNS、世界中の報道機関や研究機関に送信された。
PCから電磁鍵を解除すると、健太郎は、脱出した。
* * * 健太郎がしかけた逆襲は、単なる情報漏洩に留まらず、『ドリーム・フリー』のビジネスモデルそのものを揺るがすことになった。
結果として、多くの投資家や取引先が不安を抱き、株価は急落。さらに、企業内での情報漏洩疑惑が広まり、政府機関から調査要請が相次いだ。
調査の中で明らかになったのは、『ドリーム・フリー』が『個人データ保護法』を無視しているだけでなく、実際に脳波脳磁場データ自体も第三者へ販売し、広告主と不正な利益配分を行っていたという事実だった。これにより、企業は刑事訴追の対象となり、例の佐藤CEOも含む多数の経営陣が逮捕、起訴された。
この事件は、国際的な議論を巻き起こした。各国の規制当局は、『脳波、脳磁場データは個人情報の一種』として扱い、明確な法整備を急ぐようになった。
日本では、『脳情報保護法』が成立し、企業が脳波や夢データを収集、利用する際には厳格な同意プロセスと監査義務が課せられた。
* * * 健太郎も不正アクセスにより逮捕されたものの、緊急避難的な措置だったことが認められ、不起訴となった。
その後、報道機関が取材に訪れ、健太郎自身もまた、社会的影響力を得ることになった。
彼は、大学時代に培った研究経験と、新たに得た脳波解析技術を活かし、『リアル・フリー』――夢を個人が自由に創造し、共有できるプラットフォームの設立を目指して起業した。
その日も、健太郎は、取材を受けていた。
「……それでは、桜井様は、夢の活用自体は、進めるべきだと」
「ええ。このプラットフォームでは、ユーザーが自らの脳波、脳磁場データを匿名化してアップロードすることで、AIによって生成された映像とともに、他者と共感し、ストーリーテリングを行うことができます。しかし、あくまでも所有者は、アップロードしたユーザーです」
「そこが、『ドリーム・フリー』とは違うところですね?」
「はい、夢は私たち人間の無意識の宝庫であり、それを商品化する前にまず自分自身で所有し、制御すべきです。その上で、自分自身が作り出した物語が、また別の人々の心に届くことで、他者の夢も尊重する文化ができあがると思っています」
「すばらしいですね」
「ええ、今日、あなたとまた会えたことも、とても素晴らしいです……」
健太郎は、取材に訪れた女記者に微笑んでみせる。
そう、女記者は、偶然にも、若き日に別れた『彼女』だったのだ。まるで夢を見ているようだと思った。
彼女も、余所行きの表情を崩して、微笑んだ。
「わたし、ずっとフリーランスの記者をしていたんだけど、例の夢映像をみて、これはケンのだと思ってね……」
「来てくれて、ありがとう」
応接室の外から、子どもたちが楽しげに遊ぶ声が聞こえてきた。
未来はまだ不確定だが、一歩ずつ新しい世界を築いていけたら、と思った。
(了)
後書き:はい、こちらは、2025年の星新一賞に出したものを(入選しなかったので)アップしたものです。これは、知人が「夢をお金に変える」という言葉を聞いて、それが面白いというので、思いついたものですね。実は、AI執筆に初挑戦した作品だったんで、ローカルLLMの出力を切り貼りして、随分苦労しました……まだ、色々、上手く行くときとダメな時の落差が激しいので、AI執筆は試行錯誤中です。それでは、また!
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願い致します! いただいたチップは執筆の諸経費に使わせていただきます!