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葬儀スタイルって、なんだろう?

デスCaféに参加したとき、
テーブルワークのひとつのテーマに
「あなたの葬儀は、どんなスタイルがいいですか?」
という問いがありました。

人生会議や、もしバナゲームなど、
余命や最期の時を考える機会はあっても、
「葬儀」については、
そういえばちゃんと考えたことがなかったかもしれません。

そもそも、葬儀ってなんだろう。

逝く人の尊厳を守り、見送ること。
遺された人が、心の整理をすること。

死者を送る場であり、
生きている人が“これからを生き直す”ための儀式。

……ここまでは、すっと腑に落ちました。

けれど、
「スタイル」と言われると、急に言葉に詰まります。

両親はキリスト教で見送っています。
だから私は、仏教の葬儀をほとんど経験したことがありません。
お通夜で焼香をした記憶があるくらい。

葬儀=仏式、という感覚が、私の中にはないのです。

僧侶になるのだから、仏式でしょ?
そう言われれば、たしかにそうかもしれない。
でも、そもそも私の家族も仏式の経験がない。
送る側も、きっと戸惑うと思います。

そもそも、
スタイルにそこまでこだわる必要があるのだろうか。


これからの時代の「葬儀」

人口も減り、家族の形も小さくなり、
村も町も、少しずつ変わっていく中で。

これからはきっと、

立派な葬儀をする人
家族だけで静かに送る人
そもそも儀式をしない人

いろんな形が、
“自然に混ざる”時代になっていくのだと思います。

結婚式だって、
家に仏壇があっても教会で挙式する時代。

葬儀もまた、
残された人が好きなようにしていいのかもしれません。

宗派や形式よりも、
「手を合わせたい人が、手を合わせられる場」であること。
その方が、よほど大事な気がしています。


逝く側にとっては、もうお任せするしかないけれど、
「どう送られたいか」を少しでも家族に伝えておくと、
残された人は、迷わずにすむのかもしれません。

私の父は、亡くなる半年前に、こう言いました。

「3日は焼くな。仙人になるから」

実際、日付の都合で3日は火葬をしませんでした。
父は、仙人になれたのかなぁ。

唯一の遺言を、
果たすことはできました。

また、こんなこともありました。

90歳の女性が、ある日、大きな絆創膏を顔に貼っていました。
どうしたのか尋ねると、
「棺桶に入った時の顔が、シミだらけじゃ嫌だから」
と、笑って話してくれました。

きっと彼女は、
納棺師さんへのお化粧のリクエストも
心の中で決めていたのかもしれません。


だから私は、
「葬儀のスタイル」よりも、
どう送られたいか、
どう送りたいか、
そこに目を向けたいと思っています。

今の私は、
自分の葬儀のスタイルを、まだ決められません。

でも、
決められないままでいることも、
今の私にとっては、ひとつの“在り方”なのだと思っています。

あなたは、
どんなふうに送られたいですか。

そして、
大切な人を、どう送りたいですか。

※この記事を朗読した音声を、
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慈雲みぎわ|看護師×尼僧 尼修行の応援をいただけたら嬉しいです。 看護師 ✖︎ 尼として、 女性たちが「働き方や生き方に迷っても大丈夫」と思える 心の休憩所をつくります。 いのちを、まるごと包みこむ場所を目指して——。