あるヴィニールジャンキーの最期
サブスク全盛のこのご時世にレコードなんぞの話を語られたって退屈なだけかもしれない。今じゃCDさえ買うどころかTSUTAYとかGEOでだってレンタル事業から手を引いてるって有様だ。そんなご時世に昔レコードを目を皿にして買いまくったなんて話を聞いて誰が喜ぶんだ。確かにレコード屋は今でもあるけど客は俺みたいな後期高齢者ばかり淋しい病気になるぐらいの淋しさを下半身が淋しい病気にならないようレコードで淋しさを埋めているにすぎない。みんな肩身は狭いさ、その昔結婚式と婚姻届を出した記憶だけがうっすらと残るババアと、いつのまにいたんだっていう若い頃の自分に似てるのか、それとも全くの他人のように見える戸籍上では子供と記されている奴らにバカにされながら一人自分の部屋でレコードを聴くんだ。
俺はとりあえず基本は押さえながらもいろんなジャンルの音楽を聴くわけだけど、でもヴィニールジャンキーだから自然とマニア向けのものばかりになる。会社や家庭じゃレコードなんかの話はしないし、したって何それってバカにすらされずにただ無視される。この間若い奴らに最近ミセスなんとかってオカマみたいなバンドが流行っているが、あんなもの昔のB'zみたいなダサくて下らないもんだって言ったら、乾いた笑いと共に無視された。奴らじじいの戯言なんかどうでもいいって感じて流しそうめんみたいに俺の話を流しに流してドブ川まで追いやっちまったんだ。
俺がイキれるのはSNSぐらいだが、そこでB'zとかああいうビーイング系とか小室とかバカにして返す刀ではっぴいえんどは最高だし渋谷系は悪くないなんて事を書いたら多少は炎上気味になってバズってくれる。俺に同意してそうだそうだWANDSなんてダサいとすら言えないほど寒いなんてコメをくれる奴もいるし、ふざけんなアンタにビーイング系の良さなんてわからないとこれまた計算通りの批判を書いてくれる奴もいる。でもSNSでバズっても現実が惨めじゃしょうがないんだよ。会社帰りのレコード屋で運よく買えたレア物をSNSにアップしてコメントとかリツイートを沢山もらっても喜びと同時に感じるのは虚しさだ。もうレコード漁りなんてゲートボールと一緒なのかな。ただの老後の趣味でしかないのかな。
そんなヴィニール・ジャンキーとして生きてきた俺だったが、家族や世間の冷たい無関心からくるストレスが積もりに積もったのか、俺は重い病気になっちまった。ステージ4、一昔前のお笑い芸人かベトナムの麺料理かって絶対〇度の親父ギャグを抜かしたくなるぐらいのどうしょうもないって話だ。
俺は家族に完全強制的に病院にぶち込まれて病室で死を待つだけって有様になっちまった。ヴィニール・ジャンキー三昧もこれで終わりかって思った。俺は病室から家族に何度もレコードを全部持ってきてくれと頼んだが、家族の奴はレコードを持ってくるどころか本人たちさえ来ない始末だった。もう死を覚悟した俺はかつてのヴィニール・ジャンキー仲間に別れのメールを送ったよ。どうせすぐ死ぬから会いに来なくてもいいぜなんてカッコつけた文章メールの末尾に書いてさ。もういいさよならだ。後に残されたレコードは家族がなんとかするんだろう。どうせあのバカどもは俺の貴重なレア物を残らずゴミに出すだろう。だがもう知るものか。俺はたった一人昔レコードを漁りまくったヴィニール・ジャンキーの思い出だけをこの手に天国へと去るんだ。天国への階段?全くクソ喰らえだ。
俺は見舞いなど誰も来ない病室で静かに死を待っていた。まぁ、家族なんぞもうどうでもよかったが、たった一人会いたい奴がいた。そいつは若き頃からずっと一緒にレコードを漁り続けたヴィニール・ジャンキー仲間だ。アイツにはいろいろレア物を教えてもらったし、レコードだってよく借りた。そのうちの何枚かは結局返さず仕舞いだったけど、アイツは覚えているだろうか。
鎮痛剤のせいで意識は朦朧として視界が白っぽくなる。もう終わりさ。俺は現実では全くうだつの上がらない男だった。だけど俺はひたすらレコードっていう夢のために生きてきたんだ。レコードから流れるとっておきのミュージック。ロックでもファンクでもディスコでもハウスでもレコード持ってるだけで威張れるものばかり。その俺と張り合うようにして買ったレコードを自慢し合ったのはアイツだった。全くバカな話だぜ。今わの時に思い出すのが家族じゃなくてアイツでなんて……でももしアイツがここにきたら……。
「おい、メール見たぞ。よかったぁ、まだ生きてたかぁ!おい体は大丈夫なのか?」
明らかに老人の声だがその声は奴だった。目を凝らしてベッドに横になっている俺をのぞいている奴の顔を見てもやっぱりジジイだけど昔のままのアイツなんだ。
「たまたま昔使っていたアドレスのフォルダを見たんだが、そこにお前からのメールがあるじゃないか。どうしても会いたいと思ったんだ。それで用事を投げてここまで来たんだよ」
泣かせる事いうじゃねえか。やっぱりヴィニール・ジャンキーの絆は永遠だよ。お前とはもっと早く再会すべきだった。したらまた一緒にレコード漁りが出来たのに。奴はきっと別人のように痩せ切っているだろう俺の姿を見て居た堪れなかったのか急に俺から顔を背けた。そして恐々と俺を見てこう言ったんだ。
「あの……大変な時に言いにくいんだけど、昔お前に貸したレコード何枚かあるよな。それが最近メルカリとかDiscogsとかでとんでもない値段ついてるから売りたいんだ。だからすぐに返してくれよ。あのレコードの事記憶から消えていたんだけどメールでお前の名前見てああそう言えばアイツに貸してたって思い出してさ。あの、多分動けないだろうから、ご家族の誰かに連絡取って。お前の昔の友達が貸したレコード返してもらいたがっているって!」
