んの魔法|長編小説|序章 海辺のバス停(第1話)
これは、言葉と記憶と心をつなぐ、僕の再生の物語。
海辺の小さな漁村に、ぽつんと小さなバス停がある。
バスは一日3往復。
だから、だいたいの時間はバス停というより、屋根のついた休憩所のような存在だった。時々散歩途中のお年寄りが座っていったり、漁港に買い出しに来た客が座っていったり。
春の風が、海の匂いを運んで来た。
まだ日が高い時間だ。僕はバス停のベンチに座って、ぼんやりと繰り返す波の音を聞いていた。
風が心地いい。
向い側の食堂からは、時折人の声や音楽が聞こえてくるけど、誰も僕の存在に気づいていない。
…というか、むしろ全く気にしてない。
僕は小学4年生。
ここに引っ越してきたばかりだから、まだよくこの町のことは知らないのだけど、そんなことはどうでもいいのだ。
とうとう今日は、学校に行く途中で、引き返して来てしまった。
最近、ちょっとしたことでイライラしてしまう。学校に行きたくない…。
そろそろ、給食の時間だろうか?メニューは何だったのかな?
おなかすいた…
毎日つまらない。何か、楽しい事はないかな…
ふと気が付くと、僕の隣におじいさんが座っていた。
フサフサの眉毛とゴマ塩の髪が印象的だ。
おじいさんは、僕の顔を覗き込んで、ニコニコ笑いながら言った。
「おい、“しりとり”やるか? ただし、“ん”で終わる言葉だけ使ってな。」「え?」
突然何を言い出すかと思ったら、“ん”で終わる言葉?
それじゃあ、最初の言葉で終わりじゃん!
「知らんのか?“んしりとり”」
「…知らない。それ連想ゲームじゃないの?」
「違う!“んしりとり”は、言葉の魔法じゃ。」
「は?魔法?しりとりをしてないけど…」
変なゲームだなと思ったけど、僕はそれをちょっとだけ面白いと思った。
「じゃあ、わしから始めるぞ。言葉の終わりに「ん」が付かなかったら負けだからな。最初は“おでん”からじゃ。さっき食べたからな。ほれ次は、お前さんの番だぞ。」
すぐに終わると思ったそのゲームは、やってみると全然終わらなかった。案外、すぐに言葉が思いつくので、最初のうちは、おじいさん、僕、おじいさん、僕、とリズム良く展開していって、思ったより楽しい時間に変わっていった。
僕の番は、「プリン」「メロン」「アンパン」と食べ物シリーズ。
「ハハハ!それはうまそうじゃな!」
おじいさんは、大きな声で笑った。
ずるいな。『“ん”で終わる言葉以外をしゃべっちゃいけない』っていうルールがあったら、おしゃべりのおじいさんは一発アウトなんだけどな。
「時間をかせいでないで、早く次を言ってよ。それとも僕の勝ち?」
「いやいや、まだまだいっぱいあるぞ~こんなのはどうじゃ?」
おじいさんは、「どったん」「ばったん」「すってんてん!」のアイタタシリーズ。
「なんだよ、変なの。そんなのあり?他には?」
「次はお前さんの番だろう?何か面白い言葉が出てこんかの?」
面白い言葉~?そんなのすぐには思いつかないよ…。
終わりに“ん”のつく言葉って、案外浮かばない…。
そう思っていたら、向い側の食堂のテレビから懐かしい昔の歌が流れてきた。
そう言えば、テレビなんて長いこと見てないな…と思いつつ、ある言葉がひらめいた。
「スイッチ・オン!なんて、どう?」
「おお!英語か?かっこいいな。じゃあ、わしは…」
僕が自信満々に人差し指を立てて、ニヤッとドヤ顔をすると、今度はおじいさんが急に手を伸ばして振り回し、変なポーズをとりながら
「変身!(へんし~ん!)」
と叫んだ、次の瞬間――???
おじいさんの姿がぼわわわんと音を立てて、青いタヌキに変わったのだ。

第1章「んしり亭」へようこそ!(2話) につづく…
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