スター・ダスト
私が20歳くらいの頃、大学の教授がこう言った。
「一人でバーに行けるようになったら大人だよ」
その言葉は心に残った。
あれから10年が経ち、この節目に、一人でバーへ行ってみようと決めた。
私は横浜のとある橋へ向かって歩いていた。
橋を渡ると、さらにもう一つ橋があり、その先に米軍基地が見えた。
この基地の手前にまた橋があるのだが、ここを渡ることは出来ない。
向こう側は米軍の敷地だからだ。

ともかく、この橋のすぐ右手に大人のオアシス、バーがある…。
振り返ってみれば、自分は20歳の頃とあまり変わっていない気がする。
でも今なら、当時は怖気づいて入れなかったバーに、自信を持って足を踏み入れることができる気がする。
そう思い、ドアを開けた。
中に入ると、左手にジュークボックスがあり、サザンオールスターズの曲が流れていた。
実はこの店は、サザンにとってちょっとした聖地のような場所だ。
「思い出のスター・ダスト」
この曲を知っている人はあまり多くないかもしれない。
そして、このバーの名前はまさに「Star Dust (スター・ダスト)」なのだ。
この地で70年以上続く名店である。

私は席について一杯のジントニックを注文した。
ジントニックを選んだのには理由がある。
私の父が大人になってからよくバーへ行き、ジントニックを頼んだものだったと言っていた。
だから、このバーでジントニックを頼むことで大人の階段を登れるような気がしたのだ。
マスターがその一杯を用意している間、突然サザンオールスターズの曲が流れ出し、店内を見回すとジュークボックスが目に止まった。

そういえば、「思い出のスター・ダスト」の歌詞にこんな一節がある。
「どこから聞こえるの Jukebox」
その歌詞通りのシーンに自分がいることに気づき、ジュークボックスの前に立ち止まりながら、その雰囲気に酔っていた。
すると紳士風の男性が近づき、こう尋ねた。
「このサザンの曲を選ばれたんですか?」
「いえ、私ではないです。でも、いい曲ですよね。」
「あら、若いのによくご存知ですね。」
「ありがとうございます。」
すると、カウンターにいた常連客のような人もこちらをチラチラと見だした。
しかし、私は歩き疲れていたのと常連の方々と話す気分にはなれず、用意されたドリンクを受け取ると、そのまま隅の席に腰を下ろしてしまった。
私以外の客は皆談笑しているなかで自分はただ一人隅っこに引っ込んでいる。
そうだ、結局自分は10年前と大して変わっていないのだ。
ドアを開けて店に入るという一瞬の勇気を振り絞っただけで、それ以上の成長はしていないのだ。
裏を返せば、きっとまだまだ成長する余地があり、目の前にはまだまだ長い道のりがある。
たくさんの未来が残されている気がした。
こうして少しばかりの落胆の後に、これから自分はどのような成長ができるだろうかと思いを馳せることができた。
これからも時々ここへ来よう。
ここは自分を振り返る場所になるはずだ。
たったいま口にしたジントニックはいつもよりほろ苦く、それでいてスッキリとした味わいであった。


