欲望という構造――他者のまなざしの中で生まれる

「欲望とは、他者の欲望である」――ラカン

人は、自分の内側から欲しがっていると思っている。

しかし実際には、 他人が欲しがっているものを欲しがっている

ハリウッド女優や銀座のナンバーワン。

多くの男が惹かれるのは、その人そのものというより、みんなが価値を認めているという状況に惹かれている。

同じ女性でも、コンビニで働いていれば、そこまでの欲望は立ち上がらない。

つまり、 価値は対象にあるのではなく、関係の中にある

ここで欲望は一人では成立しない。そこには必ず、もう一人の他者がいる。現実のライバルでもいいし、想像上の誰かでもいい。

「奪われるかもしれない」その可能性が現れた瞬間、 欲望は一気に加速する。

この意味で、あらゆる恋愛は三角関係である。

欲望とは欠乏ではない。他者との関係の中で生まれる力学である。

ここで「欲求」との違いが見えてくる。お腹が空いたら何かを食べれば満たされる。これは欲求であり、 他者の視線を必要としない

しかし、ミシュランの三ツ星や、特別な誰かを求めるとき、そこには必ず、 他者の評価が入り込む。

これが欲望である。だから人は、モノではなく、意味にお金を払う

風俗産業が成立するのも同じ構造だ。単なる欲求の充足を、 欲望の充足に見せる

そのとき重要なのは、女性の質だけではない。 そこにいる他者の質が、欲望の強度を決める。

結局のところ、欲望とは個人の内側にあるものではない。

他者のまなざしを通して、自分の欲しさを確認すること。そしてその構造は、気づかれないほど、強く働いている。

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