仮初めの笹まくら臥せ夢一夜
丸谷才一『笹まくら』
NHKBSでドラマ化されるというので、読んだ記憶を思い出すために読書メーターから引用する。
米原万里『打ちのめされるようなすごい本』で絶賛されていたので読みたくなった。丸谷才一というと『裏声で歌え君が代』をちらっと読んだことがあったが旧仮名遣いの保守的な作家だとばかり思っていた。まあ革新的というのでもないのだけれど思ったよりこの作品は実験的か?「意識の流れ」などが使われていた。戦時中に徴兵忌避者という国家反逆罪に匹敵する重罪を犯しながら逃亡生活を続ける二十歳すぎの青年の行動と、現在の大学での昇級争いに巻き込まれる40代の浜田の日常。名前も逃亡時には杉浦と変える非日常の世界。
逃亡生活で知り合った愛人関係の阿貴子の訃報の手紙から始まる。ラジオの修理屋から「砂絵師」になって(儚さがよく出ている香具師)転々としていく様が語られる。過去と現在の心模様を意識の流れで途中大学の敵対者の心の声も挟みながら話が進んでいく。反戦小説というのでもないが、どちらかというと個人の負い目に被害妄想的な男の回想と、現在の日常と非日常の移り変わりの中で重ねる情事。「笹まくら」という短歌が新古今集の越部禅尼のかりそめの情事の悲哀を歌ったものだ。
これもまたかりそめ臥しのさゝ枕一夜の夢の契りばかりに 越部禅尼(藤原俊成女)
浜田は負い目を背負った人間として、家族にかけた迷惑を知らずに逃亡生活を続け、再びまっとうな家族という生活に戻ってきた人間として描かれる。英雄的行為というよりは世間から外れてしまった負い目として人間としての探求に始終するアウトサイダーの男だ。浜田は反戦思想でもないが学生時代の親友の堺に「国家があるからいけない。国家の目的は戦争以外ないんだ。戦争が最大の浪費だから資本主義社会は利潤の為に戦争を願う」と言わせている。極端な左翼思想には疑念を挟む浜田だが、とりわけ反論もしない。
ただ現在では堺が兵役を全うした負い目がある。世間に対する負い目の中でかつての徴兵忌避者という世間を外れてしまった男の生き方。ラスト万引きをした妻の行為に対する浜田の意識変換がツボ。
NHKドラマ『笹まくら』
昭和40年はベトナム戦争が激しい頃でベ平連がアメリカの徴兵逃れを助けることをしていた(小田実や大江健三郎の小説にある)。そのような社会情勢もあり、日本人の徴兵逃れはこれまであまり小説になっていなかったが、丸谷才一が小説にしたのは問題作だ。浜田の徴兵逃れは、大学ではそれは事実として知られていたが、浜田はそれを隠して過ごしていた(国家の変化が戦時は犯罪者だったものが戦後すぐは英雄とされたが国家が強くなると再び非難される)。大学の出世争いで同僚の西との確執から、徴兵逃れを問題とされる。大学側は、面倒なので浜田を島根に左遷する。
浜田は戦時、学生時代の親友との議論で国家に対して疑問を持つようになった。そんな国家論(無目的のために戦争状態にして国民を国家に従属させる)という柳は徴兵されるが古参兵のいじめを受けて自殺する。それに共鳴した浜田は徴兵を拒否し逃亡する(アナーキストか?)。彼は医者の息子だったのだが、田舎に逃げることにする。しかし、同じ友である、堺は徴兵に応じることにした(組織の中で生きることを選択する)。二人の思想と行動の違い。組織と個人の問題。かなりアナーキストの思想を感じるが浜田の場合直前の柳の自殺が大きく影響していた(それは抒情的である)。彼は地方に逃亡して、ラジオや時計の修理屋として生活していく。しかし彼はそれさえもままならくなり、旅先で知り合った砂絵師の弟子になり生活していくことにする。砂絵は砂で本絵を隠し水で描いた部分だけを絵にするのは、象徴的に浜田の生き方を表しているように思える。そして隠岐の島に桜を見に来たという娘(阿貴子)に出会う。
彼女の止まった時計を直して、彼女の身の上話を聞くと彼女も結婚問題で逃亡していることを知る(家のための政略結婚)。師匠である稲葉は東京で交通事故に遭い、彼も危機を感じて、阿貴子の田舎の宇和島で生活を共にする。阿貴子は浜田の徴兵逃れを知るただ一人の人だった。因みに隠岐の島は島流しの犯罪者の島(かつての新古今集に関わった後鳥羽上皇も島流しになっていた)である。そんな浜田を支えていた内縁の妻と現在の若妻は対照的に違う。上司の紹介で、彼女は金遣いの荒さが問題で結婚出来なかったのを浜田が貰うことになったのだ。それは大学の組織の中で妻は浜田には内緒で高級品を贈り組織の中で力を得ることになるのだ。浜田は同僚の西(課長補佐になったのも大学にはいったのも先)を差し置いて課長に昇進するが嫉妬した西に徴兵逃れを暴露される。
大学側は問題を避けるために浜田を富山に左遷する。浜田は大学を辞める覚悟を持つが、妻はその不安から親友から金を借りてそれが返却できなくなるとバラすと脅され横須賀線を不正乗車して捕まり浜田に連絡が来る。前の妻と今の妻の性格の違いもよく描かれている差(原作では万引きで捕まる)。その比較として、二人の七夕にかける思いがある(出世を望む若妻と彼を守る内縁の妻の違い)。結局、これはラブストーリーなのだ。だから、笹まくらの歌が生きてくる。そう言えば歌人の岡井隆(医者の息子)も田舎に逃亡したことを思い出した。彼には『笹まくら』のイメージがあったのかも知れない。
時計の修理と言う止まった時間を動かすのも浜田が過去を回想するのに役立っている。砂絵は砂時計的な浜田の閉じられた時間かもしれない。時計を直すことで他者と共に出来る時間を過ごすのだ。
