🌿50代になって思うこと🌿 — 仕事編③短時間パートから本格的に働く職場へ—
フルタイム復帰と最初の職場
子育てもひと段落し、もう一度フルタイムで働きたいと思うようになった。
義母に相談すると「通勤時間ほどバカバカしいものはないから、できるだけ近くで探しなさい」と言われた。車で15分走れば新幹線の駅もある便利な場所に住んでいるのに、近所は昔からの人が多い地区。私の組ではないけど同僚の組では、お葬式の手伝いまで駆り出されることもある土地柄だった。
そんな中、久しぶりにハローワークで仕事探し。
「家から原付で5分以内・正社員」──これ以上ない条件の求人を見つけ、すぐに応募した。
面接当日、スーツを着て出かけると、対応してくれたのは事務員らしき女性(実は社長夫人)。
そこで言われたのは予想外の言葉だった。
「正社員はもう決まってしまったので、パート採用なら」
16時には終わるという条件に、ありがたい気持ちもあり、結局「それでもいいです」と返事をしてしまった。
職場の実態
初出勤の日、ロッカーにクリーニング袋のまま掛けられていた制服は、縦縞の線が消えかけていて、正直みすぼらしかった。
事務所はプレハブ、隣に小さな加工場があるだけの会社。
社長(小柄で髭あり)、事務長(奥さん)、工場長、営業のおじさん、若い職人の男性2人。
……でも正社員の事務員はいなかった。そこでやっと気づいた。「最初からパートしか採るつもりはなかったんだ」と。
仕事は難しくなく、暇な時も多かった。集金で外出することもあったが、ある日、事務長の準備が遅れたせいで慌てて車を飛ばし、人生初のスピード違反で捕まってしまった。営業のおじさんの前で泣いてしまったこともある。
事務用品発注書の控えを見ると、短期間で何人もの名前が・・・
これって・・・
体をむしばむストレス
社長は社員の前でも、事務長である奥さんを怒鳴りつける。
そのたびに事務長は困った顔をしてやり過ごすが、その光景を1年近く見続けた私は、次第に体を壊していった。
• 顔中に突然のニキビ
• 突発性難聴
• そして大晦日の朝、首の激痛と手の痺れ
整形外科や接骨院でも良くならず、痛くて「このままなら死んだ方がマシ」と思うほど辛かった。
最後の望みで、義父母がかつて通っていた九州の整体に3泊し治療を受けた。背骨がズレていたらしく、原因はストレスだろうと言われた。帰りの新幹線ではぐっすり眠れ、少しずつ体は回復していった。
決断
私は直接怒鳴られたことは一度もなかった。
けれど、目の前で奥さんが怒鳴られ続ける姿を延々と見せられるだけで、心と体は限界を迎えた。
気づけば、私は「3つの病気」にかかってしまった。
「ここにこれ以上いたら危険だ」
そう判断し、退職を決めた。
職人の若い職人から、
「事務長と上手くやってたから、長くいてくれると思ってたのに残念」と言われた。
きっと、みんなすぐに辞めていったのだろう・・・
