マッチ箱に残されたメモリー 8.
喜八
日本橋茅場町交差点、地下鉄出口新川方面を出ると、左手目の前に渋沢ビルが、ずんとあった。
交差点の角地、その真上に白いボーリングピンのポール看板が際立っていた。
その通り、二階部分がかなり大きなボーリング場になっていた。
吹き抜けの中二階に、雀荘があった。
一階には、入ってすぐ左手に喫茶店、右手に小物装飾品を扱う店舗があって、その奥に、飲食の店が三店舗あった。
いずれの店にも、個人的にも、たびたび利用させてもらっていた。
一番頻度が多かったのは、喫茶店だったように思うが、ランチ時の訪問は断トツに、この喜八だった。
しかし、喜八は夜も売りの魚料理でやっていたが、魚食いの下手な私の記憶に残っているのは、こちらは数回でしかない。
カウンター六席だけの、このビルの中では、一番小ぢんまりした店。
丸刈りの頭に、手拭いを絞った鉢巻きの、小柄の大将と手伝いの女性でほぼ賄っていた。
「本日のランチ カレーライス」
道路沿いの太い柱に、A4版の用紙で、その日のランチメニューが貼り出されていた。
カレーライスの日が、だいたい月に一・二度の割合であった。
その日は、迷うことなく、ここときめていた。
そして、この日はほかの昼より人気があったようだ。
多少早めに行かないと、待たされることになる。
といっても、十分・十五分とは掛からないのだが、サラリーマンにとって昼時間では貴重であった。
カウンターに取り付くとほぼ同時に、カレーライスが目の間に登場する。
ライスの上にすでにカレーがかけられているタイプであった。
後は、好みであったが、付け合わせの小鉢が何種類か、カウンターの端に並べられていた。
躊躇うことなくいつも私は、その一つ「ほうれん草のおひたし」を引き寄せていた。
まさに、豚肉はあるが、「ジャガイモゴロゴロ、ニンジンゴロゴロ、玉ネギも縄ばって、カレー粉の匂いプンプン」といった昔懐かしい「ライスカレー」であった。
で、それ以上は、魚好きなコアな人たちならあったかもしれないが、特に印象に残る店ではなかったのだが。
しかし、この喜八では、一つの事件というほどではないが、一時私たちも巻き添えをくった出来事があった。
やはり、このカレーライスに関しての「カレー取り寄せ事件」であった。
同僚の、Tであった。
特に、食べ物にこだわりを持つというタイプではなかったが、ここのカレーの日の常連の一人だった。
「ねえ、大将。このカレー、どうやって作るんだい」
「いや、これはここでは仕込めないよ。築地で、できているのを仕入れているのさ。五人前ワンパックになっているんだけどね。見るかい、ホラッ」
「フーン、そうか。でね、いまどきこんなカレーライスは、家庭でもなかなか作れないよね。それで、家の子供たちにも食べさせてみたいんだけど、仕入れといてくれるかな」
「ああ、いいよ。ついでに多めに入れておけばいいんだから、好きな時に取りにおいでよ」
と、気のいい親父さんに依頼しておきながら、一週間以上も放ったらかしにしていた。
「どうしたんだろう、Tちゃん。いくら冷蔵庫に入れてあるといっても、そう長くはもたないからね」
「分かった、大将。今度あったら言っておくから」
さらに、一週間。
冷蔵庫のカレーが、駄目になったかどうかは分からなかったが、「帝国さん、お断り」で、私たちも出禁の巻き添えになってしまった。
その後、本人が謝罪したのか、ほとぼりが冷めたのか、さほどなく出禁は解けたが、私はと言えば、カラーライスの日以外に訪れた記憶はほとんどなかった。
