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【短編小説】声は、ひとりじゃない

―歌は、誰かと誰かをつなぐためにある―

七月十六日。

夏休みを目前に控えた夕暮れ。

横浜駅前の広場では、小さなペンライト集会が開かれていた。

色とりどりの光が、ゆっくりと揺れている。

その人波の少し離れた場所に、一人の女子高校生が立っていた。

セント・ファルシオ女学院二年。

天城ナホ

変わらず学校では明るく振る舞っている。

けれど最近、胸の奥に説明できない違和感を抱えていた。

ニュースを見るたび。

SNSを開くたび。

友達との会話でも政治の話になると、急に空気が重くなる。

「私だけなのかな……。」

そう思う日が増えていた。


今日は放送部の取材ではない。

部活帰りに偶然、この集会を見つけただけだった。

壇上では、マイクを持った女性が静かに話している。

「今日は誰かを責めるためではありません。」

「平和を願う人が、安心して集まれる場所にしたいと思います。」

ナホは少し驚いた。

もっと怒号が飛び交うような場所を想像していたからだ。


やがて司会者が言った。

「最後に、一曲だけ歌いましょう。」

配られた歌詞カード。

そこには、

『民衆の歌』

の日本語歌詞が印刷されていた。

最初は小さかった歌声が、

少しずつ重なっていく。


♪ 君には聞こえるか

民衆の歌が……


ナホは歌わなかった。

ただ、耳を澄ませていた。

隣では高齢の夫婦が歌っている。

大学生らしい青年。

ベビーカーを押す若い母親。

仕事帰りの会社員。

みんな声は違う。

でも、

歌は一つになっていた。


その時だった。

「ナホ?」

振り返ると、

朝霧ヒビキが立っていた。

「ヒビキ!」

「偶然?」

「うん。」

ヒビキは少し照れながら笑う。

「私も学校帰り。」

二人は並んで歌を聴いた。


歌が終わると、

拍手が広場に広がる。

誰かが叫ぶわけでもない。

静かな拍手だった。

ナホはぽつりと話した。

「私ね。」

「最近、不安だった。」

「ニュースを見ても。」

「周りと話しても。」

「自分だけ考えすぎなのかなって。」

ヒビキはゆっくり首を振る。

「私も同じ。」

「放送部でいろんな人に話を聞くけど。」

「みんな口には出さないだけで。」

「同じように悩んでる人、結構いるよ。」


帰り道。

二人は駅前を歩く。

「歌って不思議だね。」

ナホが言う。

「意見は違っても。」

「一緒に歌える。」

ヒビキは空を見上げた。

「だから音楽って好き。」

「誰かに勝つためじゃなくて。」

「心を重ねるためにあるから。」


翌日。

セント・ファルシオ女学院。

昼休み。

ナホは教室で昨日の出来事を話していた。

そこへ、

喜里島ハル

夢路シオリ

星見アオイも加わる。

「歌ったの?」

ハルが尋ねる。

「ううん。」

ナホは笑う。

「でも。」

「聴いてるだけで。」

「一人じゃないって思えた。」


シオリは静かに言う。

「物語も同じだよ。」

「誰かが書いた言葉を読んで。」

「私だけじゃなかったんだって思える。」

アオイもうなずく。

「絵もそう。」

「一枚の絵を見て。」

「同じ気持ちだった人がいたんだって。」


放課後。

五人は音楽室へ向かった。

誰が言い出したわけでもない。

ピアノの前に座ったヒビキが、ゆっくり鍵盤に触れる。

ナホが小さく歌い始める。

ハルも。

シオリも。

アオイも。

声を重ねた。

誰かに聞かせるためではない。

コンテストでもない。

ただ、

「一人じゃない。」

そう確かめ合うためだった。


歌い終わると、

しばらく誰も話さなかった。

夕日が音楽室を優しく照らしている。

ナホが微笑んだ。

「昨日。」

「あの歌を聴いて思った。」

「社会って。」

「意見が違う人もいる。」

「考え方も違う。」

「でも。」

「話して。」

「歌って。」

「耳を傾けることはできる。」


ハルはゆっくり立ち上がる。

「未来って。」

「誰か一人がつくるものじゃない。」

「みんなの声が重なって。」

「少しずつ形になっていくものなんだと思う。」

窓の外では、

帰宅する生徒たちの笑い声が響いていた。

一人の声は小さい。

けれど、

その声に耳を傾ける人がいる。

隣で歌う人がいる。

手を取り合う人がいる。

その積み重ねが、

明日の社会を少しずつ変えていく。

詩奏少女隊の少女たちは、その日の音楽室で改めて知った。

声は、ひとりでは届かなくても、重なれば希望になる。

そして、その希望は、静かに、しかし確かに未来へと響き続けていくのだった。

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