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【短編小説】八月十六日の教室

八月十六日。

終戦の日を一日過ぎた、静かな朝。

セント・ファルシオ女学院の国際交流室には、高瀬ミライ海風ソラ夢路シオリ喜里島ハル、そして朝霧ヒビキが集まっていた。

机の上には、日本だけでなく、韓国、中国、香港、イギリスなど、さまざまな国や地域から見た一九四五年八月の記録が並べられている。

今日のテーマは、

「八月十五日は、誰にとってどんな日だったのか」

だった。

ハルが一枚の写真を見つめる。

ソウルの街。

若者たちが手を上げ、朝鮮独立万歳を叫んでいる。

「日本では『終戦の日』だけど……」

ハルが言った。

「韓国では、解放の日でもあるんだね。」

ミライがうなずく。

「日本が負けたことで、植民地支配から解放された人たちがいた。」

「だから、同じ八月十五日でも、見えている景色は全然違う。」

シオリは中国・上海の記録を読んでいた。

そこには、日本の敗戦を知った人びとが街頭で歓声を上げ、祝杯をあげたと書かれている。

「私たちは『戦争で日本人もたくさん犠牲になった』って学ぶ。」

「それは大切。」

「でも、それだけだと……。」

シオリは言葉を探した。

「日本が他の国で何をしたのかが、消えてしまうんだね。」

ソラが静かに続ける。

「沖縄でも、戦争の被害を語るだけじゃ足りないって、よく言われる。」

「日本がアジアで侵略や植民地支配をしたこと。」

「その両方を見ないと、戦争全体は分からない。」


ヒビキは窓際に立ち、資料を読み上げた。

「『失われたものを回復し、平和を確立するために懸命に働かなければならない』……。」

読み終えたあと、少し考える。

「平和って、戦争が終わった瞬間に完成するものじゃないんだ。」

ミライが答える。

「そう。」

「戦争を始めた責任を見つめること。」

「傷つけた相手と向き合うこと。」

「二度と同じことを起こさない制度をつくること。」

「そこまでやって、初めて戦後が始まるんだと思う。」


その日の午後、五人は社会科の先生が用意した古い新聞資料を見せてもらった。

一九四五年八月。

日本国内の記事。

朝鮮半島の記事。

中国の記事。

香港の記事。

同じ日付なのに、言葉が違う。

「戦争が終わった。」

「日本が降伏した。」

「解放された。」

「独立への道が開かれた。」

一枚一枚を並べると、まるで複数の物語が同時に存在しているようだった。

ハルがつぶやく。

「歴史って、一つの国の視点だけで見ちゃいけないんだね。」

シオリがうなずく。

「主人公を誰にするかで、物語の見え方が変わるのと同じ。」

「でも、歴史の場合は、どれか一つだけを本当の物語にしちゃだめなんだと思う。」


ヒビキが、一つの文章の前で足を止めた。

香港で戦後に開かれた民衆大会から、日本の人びとへ向けられた呼びかけ。

軍国主義を復活させないために、ともに行動しようという内容だった。

ヒビキはその一節を何度も読んだ。

「不思議だね。」

「何が?」

ソラが尋ねる。

「日本軍に占領されて苦しんだ人たちが、日本の普通の人に『一緒に軍国主義に反対しよう』って呼びかけてる。」

ミライは静かに答える。

「政府と国民を同じものとして見ていなかったんだと思う。」

「侵略した国家の責任を問うことと、日本人そのものを敵にすることは違う。」

「だから、未来を一緒につくろうと呼びかけた。」

ハルはその言葉に、少し救われるような気持ちがした。

過去の加害責任に向き合うことは、自分たちを責め続けることではない。

むしろ、同じ過ちを繰り返さないために、他国の人びとと手を取り合うことなのかもしれない。


夕方。

五人は、学院の平和展示に新しいコーナーを作ることにした。

題名は、

「それぞれの八月十五日」

日本。

朝鮮半島。

中国。

香港。

東南アジア。

欧米。

同じ日の記録を並べる。

ミライは説明文を書く。

「日本にとっての敗戦は、侵略された国や地域にとっての解放でもありました。」

ソラが続ける。

「自国の被害だけでなく、他国に与えた被害にも向き合うことが、平和への出発点です。」

シオリは少し考えてから、

「歴史は、一つの国だけを主人公にして読むことはできない。」

と書いた。

ヒビキは、

「違う記憶を聞き合うことから、和解は始まる。」

と加えた。

最後にハルがペンを取る。

しばらく白いパネルを見つめてから、ゆっくり書いた。

「過去を認めることは、未来を失うことではない。過去を直視するからこそ、同じ過ちを繰り返さない未来を選べる。」


展示ができあがるころ、窓の外は夕暮れだった。

校庭では、夏休み中の部活動を終えた生徒たちが帰り始めている。

笑い声。

自転車のベル。

遠くから聞こえる電車の音。

当たり前の日常。

ソラが言う。

「八月十五日って、戦争が終わった日じゃなくて。」

「これからどう生きるかを考え始めた日なのかもしれないね。」

「日本だけじゃなくて。」

ミライが続ける。

「アジアの人たちも。」

「世界の人たちも。」

ヒビキは展示パネルを見つめた。

「じゃあ、八月十六日は?」

ハルが少し笑う。

「約束を始める日。」

「約束?」

「うん。」

「昨日までのことを忘れずに、今日から同じことを繰り返さないって決める日。」


五人は学院の門を出た。

夕焼けの空は、どこまでもつながっている。

海を越えれば、韓国。

さらにその向こうには中国。

香港。

東南アジア。

そこにも同じように、家族がいて、学校があり、仕事があり、未来を願う人がいる。

戦争は、その一人ひとりを「敵国」という大きな言葉の中へ押し込める。

そして、人間の顔を見えなくする。

だからこそ、歴史を学ぶということは、もう一度その顔を思い浮かべることなのだろう。

誰が傷ついたのか。

誰が奪ったのか。

誰が抵抗したのか。

そして、誰が未来へ手を差し出したのか。

ハルは歩きながら、昨日受け取った「平和のバトン」のことを思い出していた。

バトンを受け継ぐということは、日本の被害だけを覚えることではない。

日本が傷つけた人たちの記憶にも耳を傾けること。

過去を美化せず、同じ誤りを二度と繰り返さないこと。

そして、かつて敵とされた人々とも、ともに平和をつくること。

それが、本当の意味での「不戦の誓い」なのかもしれない。

八月十六日の夕空の下。

詩奏少女隊の少女たちは、それぞれ違う歴史の記憶を持つ人々と、ともに未来を歩くための一歩を静かに踏み出した。

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