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ヒロイン失格(5/7) 、バレンタインデー

その年の冬、日曜日の夕刻のことだ。

「ねぇ蓮華、あなたは誰かに渡すの? チョコレート」
しんしんと雪が降り積もる日曜日の夕刻。

「え……チョコレート?」
「そ。そろそろバレンタインでしょ?」
「あ……そっか」

 そういえば最近チョコレートのCMが多い気がする。お母さんと一緒に買い物に行くと、スーパーマーケットでもデパートでも、チョコレートの賑やかなコーナーが目に留まる。もうすぐバレンタインデーか……。

 私だってその日が特別な日だってことくらい知っている。女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す日。

「蓮華がチョコレートを渡す相手はもちろん僕だよね? 蓮華」

 お父さんはテレビから視線を外すと、膝を抱えて体育座りする私を見つめる。お笑い芸人が司会する音楽番組では、綺麗なお姉さんがリズムに合わせて腰をクネクネさせていた。

「はぁ? 何言ってんの? アンタに渡すとすれば義・理。血のかた~い絆で結ばれた義理のチョコレート。それとは別に渡す人いるもんね~蓮華。好きな人いるんでしょ?」

キュッキュッ、ことり。
丁度洗い終えた食器を食器棚に並べられている。

「うん……」

好きな人。
います。
頬がかぁーっと熱くなる。

「あのね、お母さん、売り物のチョコレートじゃなくて、手作りのチョコレート作ってみたいの。作り方教えて」

私は体育座りを崩すと、ソファの背もたれにお腹を乗せて身を乗り出す。

「そうねぇ、原材料から作るのは大変だから、市販の板チョコを溶かして、好きな型に固めてみるのがいいかも。それなら簡単よ」

「うん……」
型に流し込むだけ。
ちょっぴり手抜きな感じもするけれど。

「あとで成城石井にでも行ってみる?」
「うん」
「気持ちが通じるといいわね」
「う……」

気持ち。
通じる?
通じない?
どっち?

「お風呂に入って来る」
じっとしていられなくなった私は、逃げるようにお風呂へ向かった。


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かぽん、こん

湯船の中に、かろうじて鼻から息が出来る程度まで深くつかると、ふぅ~とため息を漏らす。

「バレンタインデーかぁ……」

 チョコレートを作ることにはしたものの、私、本当に渡せるんだろうか?この日に、チョコレートを渡すのは相手に「好き」と告白することに等しい。いつ、どういうタイミングで、何と話しかけて渡せばいいんだろう……。その一部始終を想像すればするほど、身体がギュッと固くなる。

 そもそも、最初はなんと声かければ良いのかも分からない。頭の中で想像しながら、その時のやり取りを練習してみる。湯船につかったまま、放課後の場面を思い描く。彼が教室に一人残っていて、ランドセルに教科書を詰め込んでいるところだ。そこで、背中越しに話しかけてみる。

「あ、あの京くん、今ひま?」

う~ん。

 なんか「ひま?」って聞き方はすごく失礼な気がする。
ひまって聞く時って、相手が“暇だ”と答えてくれることを当たり前に思ってしまっている。
ウザイって思われるかも……。

 こんな話かけ方じゃダメだ。恥ずかしさをちゃんと我慢して伝えなきゃ。湯船の中で両手をぎゅっとする。失敗は許されない。

「あの、京くん、……ちょっと、いいかな?」

駄目。
いいかなって私何様?

「あ、あの、京くん、……お話したいコトがあるんだけれど、今、ちょっといいかな?」

う~ん、まだ駄目。

「あ、あの、京くん……お話したいことがあるんだけれど、もしよかったら、一緒に、帰ってもらえないかな?」

う~ん60点。

こぽり。
顔を半分まで湯船につける。
ほっぺが赤い。身体が火照って熱い。
湯あたりだろうか?

「京くん……好き」

かぁっっ!!
ただでも火照った身体とほっぺたが一気に茹で上がる。

「やっぱだめぇっ~~! 好きなんか言えないっ! 絶対に言えないっ!」

 湯船の中で茹でダコになった私は、ザバァと音をさせて立ち上がる。お湯の蒸気が満ちているお風呂場は、お湯から出ても暑いままだ。私は、タイルの上に座ると、膝を抱えてため息をついた。

「はぁ~」

 お湯から出たばかりの身体から湯気が立ち昇る。白い小さな粒たちは、私の不安が漏れ出したかのように、ユラユラと室内を揺蕩う(たゆたう)。

 世の中に恋人たちはきっとたくさんいる。元恋人だったお父さんやお母さんみたいな人たちもいっぱいいる。仲良くなった後だったら、みんな平気で“好き”とか“愛している”とか言うのだろう。

でも……。

 そんな気軽に言い合える前はどうなんだろう? まだ他人同士だった時から恋人の関係になる瞬間って、きっと“好き”という言葉がお互いの口で交わされたはずだよね。それは、どんなに慣れ親しんだ恋人同士でも必ず通った、ちょっぴり恥ずかしい儀式のはずだ。私は再び湯船につかると、顔を半分までお湯に沈めた。

「びんば、ぶぼいばぁ……(みんなすごいなぁ)」

こぽこぽ。

 湯船につかったままの口元から気泡を漏らす。初めての告白のイメージは、私にとってとても敷居が高く、恥ずかしく、でもとっても尊く、気品に満ちていた。

「チョコレート、ちゃんと受け取ってもらえるかなぁ」

はぁ~。
 湯船越しに漏らしたため息は、水気をたらふく纏って、湯船の外の冷たいタイルに吸い込まれて消える。

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「蓮華のステータス」

1,残り時間    :5年間と5か月
2,主人公へ向けた想い :初恋レベル
3,希望        :★★★★☆
4,得意分野      :変化なし
5,不得意分野     :変化なし
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つづく


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