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東京ドキドキ旅その4〜国立西洋美術館編〜

ついに私の二泊三日の東京旅も三日目の最終日。
やはり上野にいるからには美術館に行きたい。

ただここは東京、上野の美術館だけでもいろいろある。東京芸大か国立西洋美術館か?
迷ったが、私は国立科学博物館で学習した。
常設展示をなめてはいけない。

国立西洋美術館だ。
何度かは来ているが、近年じっくり常設を見ていない。特別展はレンブラントの版画。
私は好きだし、そんなに混んではいなさそうだ。

朝早いので公園を散歩してから美術館へ。

雨が降った跡。
南天に水滴キラキラ。
上野公園は緑豊か。

開館前に並んで入場。 
人はいるけどそんなに混んではいない。

ロダン 地獄の門

ではレンブラント鑑賞。
版画とは複製可能なものだ。だから広く普及する。
レンブラントも先達の影響を受けたり、ちょっとパクってみたりする。そのレンブラントの作品もパクられたり、後世に影響を与えたりする。

見ていて思ったのは、
不自由のなかの自由、
ということ。

エッチングは手間がかかる。色は基本的に黒だけ。
だから不自由そうにも見えるけど、ある意味限定された中でなのでその中でいろいろな実験や取り組みを繰り返すことができる。

また、大量に複製されて流通してイメージが利用されるのはある意味現代的な気もする。

一点物にはその良さがあるけど、
複製可能なもので質の高さを追求するのも良い。

版画は確かにめんどくさいのだが、イメージが複製されて、色や刷り方や紙を変えることでさまざまなバリエーションができるのがおもしろい。

レンブラントは日本の雁皮紙も使っていたらしい。
それは知らなかった。
どうやって入手していたのだろう?
出島から輸出されていたのかな。

だんだん加筆や修整を重ねていくと雰囲気が変わる。
あんた、こんな高いもん買うてきてどないする気?
いや、オレやなくてほらヘビのやつが買えって…。
この風車の作品を見て、テオ・ヤンセンの
ストランド・ビーストを思い出した。
そういえば同じくオランダの人だ。
風を動力にすることが日常的に目の前にあるのだろう。
ファウスト このイメージは広く影響を与えた。

下のモローの絵は展示されていない。
勝手に私が連想した。確かこんな絵があったと思って検索して探し出して画像を貼った。

ギュスターヴ・モロー 出現

構図や光輝くものが宙に浮かぶところが似ている。
どこかで見てはいただろう。


3本の木
1643年制作

下のロイスダールも展示されていない。
なんかレンブラントのこの絵によく似た絵があったように思って探して見つけた。ロイスダールとレンブラントは生きた時代が重なってはいる。
レンブラントのほうが年上。
制作年代から見てもロイスダールがレンブラントの作品から影響を受けていると思われる。

ロイスダールの作品。1660年作。
レンブラントの作品のほうがこの作品の前に作られている。かなり構図が似ている。

イメージは継承される。どこまでがパクリなのか、どこからが影響を受けたけどオリジナルなのか。
なかなか難しい。過去から影響を受けないということはあり得ないので。

勉強熱心であればあるほどそうなる。
そうやって影響を与えたり受けたりして美術作品はつながりながら変化していく。


さてここからが常設展示。
これがまたボリュームがある。 
昔に見たことがあるものも有れば、
新たに購入された作品もありとても充実している。

こんなに古い時代から現代まで西洋美術の流れを日本国内で見られるのは貴重だ。

ルーベンスって肉肉したイメージが強いが 
子どもはかわいい。
そうそうこういう感じのことを
やろうと思ってこの前絵を描いた。
たぶんフェルメールらしいって。
そうなんだ。
あなたはこの前京都でお会いしましたね。
超絶技巧のレースの描写。
改めて見てみると額にもおリボンがついてる。
モネといえば睡蓮。
この前なすにきびさんが見つめていた。
思ったよりキャンバスの地が見えている。
筆遣いも荒い。
モネはこの時点でけっこうしんどかったの
かもしれないと思った。
若い頃にはこんなに端を塗り残したりしていない。
かなり後期なのでギリギリでやっていたのだろうか。
モネ この頃は塗り残しはない。
カミーユ・クローデル 
メデューサ殺しのペルセウスはちょっとナルシストっぽい。
クリムト
ハマスホイが見られて嬉しい。

さて、もう十分に見た。

東京は素敵だけど、 
刺激的すぎて長くは居られない。

よし、帰るとしよう。


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