生かそうではないか、それが問題だ
私は日頃そこまで言葉にうるさい方ではない。別に国語の教師でもないし、こうやって日々noteに執筆してもすべて無料記事で金が稼げるわけでもない。
だが、ふと気になることがある。
それは生だ。
いや、そんな大きな人生問題ではない。
ナマと読む方の生である。
特に恨みがあるのではない。
日頃は普通に、生中お願いします、と言う。
気になるのはなんでも生ということだ。
生があれば、
生ではない何かがあるべきではないか?
生ビールでなければ瓶ビール。
生卵でなければゆで卵。
生肉でなければ焼肉。
生か、そうではないか、ということだ。
だが、生足と言うならば、では焼き足があるのか?
素足だとサラッとしてそうだけど、
生足だと湿っていそう。

生ドーナツってどういうこと?ドーナツって基本揚げてあるはず。焼きドーナツはわかるけど、揚げてあるのに中が生ってそれはマズイのでは?

私は別にまくらに吸いついてほしくはないかな。
さらに、生まくらっていったい何が言いたいのだ?焼き枕も揚げ枕も存在しないだろう。寝具売り場のキャッチコピーにツッコミたくなる。何かナマといわれると、水気を含んだ感じがする。なんとなく生焼けのベチャッとした給食のパンを思い出す。ベチャッとした枕、なんか嫌だな。
便利で快適で生きる手触りが失われている現代生活でなんでも生を強調するのはなぜなんだろうか?
生き生きした感じを持たせることで、
購買意欲をそそるという生々しい企業の
販売戦略にしか思えないのだが。
どうも生半可な知識で生意気言ってすみませんね。
