土砂降りのあの日、すべり台からきみと見た空|「#一言で表せない感動」
あれは、長い冬が終わり、殺風景な地面が少しずつ白や黄色で彩られるようになった、ある日の午後のことだった。
公園で遊んでいたら、ポツポツと雨が降り始め、あっという間に土砂降りになった。
「おかあさん、雨だよ。雨やどりしよう!」
公園の中で雨やどりができる場所は、そこまで多くない。
きみは妹と私の手を引き、すべり台に連れていった。
すべり台の屋根の下。3人並んで座るとぎゅうぎゅう詰めだった。
どんよりとした灰色の空の下に、バケツをひっくり返したように降る雨の音が、ただ響く。
「この雨はいつ止むのだろう…」
そんなことを考えていたら、きみは急に立ち上がって私を見つめ、おひさまのような笑顔でこう言った。
「おかあさん、雨がうたっているね!」
そして、きみは空を見上げ、一面を覆いつくす灰色の雲に向かって、大きな声でたずねた。
「くもの上の雨ふらしさん、少しやすんでくれませんか?」
私はハッとしてきみの顔を見た。それらの言葉がどこからやって来たのかに、気づいたからだ。
きみに豊かな言葉を授けたのは、私ではない。絵本だ。
朝起きてからも、幼稚園から帰ってきてからも、夜寝る前も…
本棚から手に取るたびに、きみを色とりどりの鮮やかな世界に連れて行ってくれる、きみの一番の友だちだ。
きみの家には少しずつ絵本がやってきて、今では500冊以上が、本棚のいつもの場所で、毎日静かにきみを待っている。
きみが私と一緒に絵本を読んだ回数は、20,000回を優に超える。
きみの友だちは、きみが知らない間に、きみに沢山の贈り物をくれたのだ。
でも、きみが暮らしている国はドイツ。
これからきみは、ドイツ語で学びドイツ語で考えるようになる。
きみの言葉の引き出しは、豊かなドイツ語で埋まっていくのだろう。
きみの一番の友だちは、いつまで友だちなのだろうか。
あと何年かしたら、「もういらない」って言われてしまうかもしれないね。
そして、きみの記憶は、これから先の未来に起こる出来事によって、塗り替えられていく。
大人になったら、きみはもう、覚えていないだろう。
すべり台から皆で土砂降りの雨を見た、あの日のことを。
もしかしたらきみは、かつて話していた日本語さえも、忘れてしまうかもしれない。
でも、私は忘れないよ。だってね……
ちょっぴり塩からい雨でくもったレンズを通して見てもなお、君の瞳のかがやきは、宝石のように美しかったから。
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