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移りゆく時間と変化の軌跡~展覧会「六本木クロッシング2025展 時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」@森美術館

森美術館で3年に一度開かれる「六本木クロッシング」。
今年度のテーマは「時間」。サブタイトルは「時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」である。

前回の「往来オーライ!」(2022年展)はAKI INOMATA、青木千絵など、ちょうど当時注目していた作家が出ていたことと、デジタル・テクノロジーを駆使したメディア・アートが散見されたことが強く印象に残っている。後者は市原えつこ、SIDE CORE/EVERYDAY HOLIDAY SQUAD、やんツーらによる「動くマシン/ロボット」が特徴的なインスタレーションで、回転ずしや工事現場といった日常の対象を新たな視点でとらえ直していた。

やんツー《永続的な一過性》2022年


今回は、マシンやテクノロジーを前面に押し出した作品は少なかった気がする。また私の目には「工芸的アプローチ」、とりわけ「手芸」を扱った作品が存在感を放って見えた。

西洋美術史において、工芸は長らく美術(Fine arts)より格下とされてきた。手芸は工芸の一ジャンルに数えられるが、歴史的に女性の領域とされ、美術館・博物館に収集されるものと区別された。女性が家族のために行う「奉仕」ないし「趣味的なもの」であるとして、ヒエラルキーのさらに下位に置かれたのである。だが、西洋中心・男性中心に作られた歴史を見直す流れの中で、工芸(手芸を含む)に対する見方も変化してきている。本展もこの動向をある程度意識しているのかもしれない。

なお、東京都美術館で、公募展ベースの刺繍展「上野アーティストプロジェクト2025 刺繍―針がすくいだす世界」と、都のコレクションによる「刺繍がうまれるとき―東京都コレクションにみる日本近現代の糸と針と布による造形」が同時開催されたことは記憶に新しい(2025年11月〜2026年1月)。前者は、「上野アーティストプロジェクト」のシリーズ9回目にして初めて刺繍を取り上げたという。後者は刺繍にまつわる日本の近現代の様相をたどる企画で、最後に手芸的技法を用いた現代美術作品の紹介もあった。


↓↓ 工芸的な作品

桑田拓郎のダイナミックな陶芸は色もステキ!
アイスクリームみたい……ダブルで食べたい(笑)

ひがれお《琉球人形あつめ in 内地》
琉球人形を通して沖縄文化の多様性・複雑性を表現
こんな琉球人形もあるとは!?

アメフラシ《Kosyauの壁を移築する》
山形県長井市を拠点に、
地域の伝統工芸を継承するプロジェクトも手がけている
右奥の絵画の女性の横には、伝統工芸のほうきが……
どこの掃除に使うのだろう?


↓↓ 手芸的な作品

沖潤子《進化》ほか
妙にエロティック

宮田明日鹿《手芸部》
コミュニティ型のアート・プロジェクト


***

個人的に今回最も興味深かったのは、インドネシア在住のアーティスト・北澤潤《フラジャイル・ギフト・ファクトリー》
一見したところ、巨大な戦闘機型オブジェと関連資料の展示だが、本作は、2021年に開始したアート・プロジェクト《フラジャイル・ギフト》の延長線上にある。

北澤潤《フラジャイル・ギフト・ファクトリー》


《フラジャイル・ギフト》とは、大戦下の日本軍がインドネシア侵攻で使い、後年インドネシア軍が再利用した日本の戦闘機「隼(中島キ43)」を凧で再現し、日本で飛ばそうというもの。

竹と布で作る凧と凧揚げは、インドネシアに根ざす伝統文化である。しかし、戦闘機と同寸(11×8m)の凧作りは難しく、アイデアが浮かんだのは2018年だが数年間停滞、二人の凧職人と出会ってようやく前進したらしい。

また、機体を覆う布の絵柄はアーカイブに基づいていて、当初ドローイングを起こしデジタル印刷で転写したが、伝統的なバティックの染織技法を取り入れることで、携わった人々の手仕事が見えるものになったという。

こういった側面に注目すると、本作を「工芸的アプローチ」による作品とみることも可能かもしれない。

絵柄を描き、染める材料や道具類

以上のように、プロジェクトが時間が経つにつれて変容し、多くの人を巻き込んで、より開かれたものになっていくさまが会場の映像から伝わった。

とりわけ素晴らしく感じられたのは、植民地時代を生きた人たちの語り(凧の尾に染められた言葉)を共有するため、オープンスタジオを行い、染織作業への一般参加を増やしたこと。すなわち、戦時の記憶を次世代へつなぐ媒介としてプロジェクトを機能させたことである。

オープンスタジオの様子


また、余った布をTシャツにアップリケするなど、関連する別のプロジェクトを並行して立ち上げた点も見逃せない。

そして、よりベターなあり方を求めて改良を積み重ねてきた北澤の思考、誠意、粘り強さなどなど、「人間力」が協力者の輪を広げ、今回の展示に至ったようにうかがえ、応援したい気持ちが呼び起こされた。

試作機によるテストフライトの様子
何度も改良を加えてきた模様


***

あと本展では、いくつかとても美しいと感じた作品があり、眼福にあずかった。
現代美術の世界では、作品が美的であることは二の次になるケースが少なくない。だが美に触れると率直にうれしいし、向き合う時間が豊かなものに感じられる。このように感じる人はきっと私だけではないはず!

A.A.Murakami≪水中の月≫は、照明を落とした空間に設置された静逸で幻想的なインスタレーション。樹木をかたどった立体のアームの先端から白い泡が膨らんでは落ち、流され、はじけて消えていく。

A.A.Murakami≪水中の月≫


移ろう美や儚さを愛でる日本の美意識を、金属を用いた人工的かつクールな造形で表現した点が実に魅力的だ。私はつい、泡が枝から落ちる瞬間や、はじける一瞬を今か今かと見守ってしまったが、この感覚は、「ししおどし」がカンと音を響かせて跳ね上がる時を待つのと似ている気がした。

それから、窓の向こうの都市風景を借景のごとく取り込んだ和田礼治郎《MITTAG》に息を飲んだ。

私が最初に観た時は夜。展示室内も、ガラス容器の半分を満たすブランデーの色も暗く沈み、液体越しの夜景は古い写真のような色に染まって、背後のパノラマから浮き立っていた。この二つの景色は溶け合いそうでいて、似て非なるゆえ、かえって差異が意識される。眺めるうちに、現在と過去のはざまで揺さぶられるような感覚を覚えた。

和田礼治郎《MITTAG》


この後しばらくしてから、本作を明るい時間帯に観たくなり、晴れた日の13時半頃再訪した。展示室に入った途端、まるで違う光景が目に飛び込んできて、またしても息を飲んだ。


柔らかい日差しが差し込んで、ブランデーは黄金色に変わり、明るさと透明感が際立っていた。背後のビル街は全体にもやがかかり、ややぼんやりとしている。陽光ともやでどの建造物も白っぽく見え、輪郭は不明瞭で一続きの塊のよう。他方、ブランデーが入った三角形の中のビルは輪郭がくっきりして、一棟一棟しっかり区別できるものの、よく見ると少し傾斜しゆがんでいる。解説にあるように、本作はレンズの働きをするが、夜観た時にはこの時ほどゆがみは感じ取れなかった。

この部屋に置く前提で作られたというサイトスペシフィックな本作は、一見シンプルだが、オブジェの枠を越え、上述のように時間とともに空間ごと表情を変化させてしまう。外とつながって六本木の空気感を引き入れ、特に暗くなると、お酒好きならそれこそブランデーのグラスを傾けたくなりそうな雰囲気を創り出していた。
時間が許せば、この贅沢な「インスタレーション」を夕暮れ時にも味わってみたく思った。

↓↓ そのほか美的に感じた作品

ケリー・アカシ《星々の響き》
工芸作品ともいえる
こんなところも美しい!
この作家の造形はどこか端正でスタイリッシュ!


……本展には魅力的な作家・作品がたくさんありましたが、特に気になった作家を取り上げました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

<追記>
なんと、《フラジャイル・ギフト・ファクトリー》の作家・北澤潤さんが、次のコメントと共にXでこの記事を紹介してくださいました! うれし過ぎます!!北澤さん、改めてありがとうございました!

オープンスタジオや会場でのオープン・ファクトリーを通して制作をひらくところの意図まで読み取っていただきました。ありがとうございます!

北澤潤さんの2月24日のXより



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