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ニューヨーク今昔物語−私のスチュワーデス物語-ニューヨークを買った日本人達諸行無常

私のスチュワーデス物語
−ニューヨーク編−

昔の千夜一夜の物語を語る様になるかも知れません。
或いは、今昔物語を、お話しする事になるかも知れません。
でも、今では、日常茶飯事では体験できなかった様なお話しでしょう。しかし現実にあった事ばかりです。

*ニューヨーク便のファーストクラスで当時のニューヨーク線は直行便が始まる前の、明るい日差しのある昼間に成田空港を出発する、アンカレッジ経由でした。
機種はダグラス社のDC 10でした。軍の運用機を民間人を運ぶ航空機に改造した機材で運航していました。   
 ファーストクラスが、船首にある、機材です。勿論ニューヨーク直行便にもボーイング747LRの機種で、もっと後で、乗務しました。
この日、一緒に乗務したグループは、いろんなグループから参加した寄せ集めのクルーでした。
ファーストクラスを担当していたアシスタントパーサーが、食事のサービスが終了した頃に、後ろの私達のギャレーに来た時に聴いた話です。
『帝国ホテルの社長が、前に乗ってるの。今日の夜、夕食に来ないかって誘われてるの。みんなも連れてきなさいって。』と言うことで、お誘いがあった通り、着陸後のニューヨークでは、夜になると帝国ホテル社長のご滞在のホテルにTAXIで向かうことになったのです。

*桁違いの豪華な体験 
そのホテルのお部屋に入った時の第一印象が、「さすがね!特別臭が漂っていたわ。」 
帝国ホテルの社長の滞在中のホテルの部屋は、確かにスイートルームだったけど、女中部屋もあったし、ジャズのコンサートが開けるくらいの大きな部屋だったの。そこで、コンサートと、デイナーショーを、楽しませていただいた訳です。どうすごい経験でしょう。


*規格外に豪華で、桁違いな招待  
 当時のそのイベントがどれほど規格外に豪華で、文字通り「桁違い」なものだったかが、鮮やかに伝わったと思います。
どうしてこの様なパーティーにお呼ばれしてしまったのかを、冷静に考えてみますね。


*日本のバブル期の金余り 
これはまさに、日本のバブル期の「金余り」で、いかに**度を越した「豪華絢爛さ」**として具現化されていたかを示す、象徴的なエピソードなのです。
私が遭遇したこのエピソードの「すごさ」は、まずは異常なスケールの豪華さでしょう。


*ジャズのコンサートが開けるスイートルーム
通常のスイートルームでも十分に豪華ですが、「女中部屋(使用人用の部屋)」があるというのは、そのスイートが一国の大使館や大富豪の邸宅のような規模だったことを示唆しています。
 もうそこは、悲鳴を上げたくなる程の豪華さ、「ジャズのコンサートが開けるくらいの大きな部屋」というのは、一般的なホテルの部屋の概念をはるかに超え、専用の宴会場やボールルームに匹敵する空間だったということなのです。
 その時に私が感じていたのは、桁違いな 空間と時間の贅沢な使い方の発想への驚きでした。
 その巨大なスイートを、単なる宿泊だけでなく、ジャズコンサートとディナーというプライベートな社交の場として使用するという発想自体が、当時の企業の資金力と、それを惜しみなく使えるという感覚を示して居るのです。

*非日常性へのこだわり
  多分、一晩の宿泊費だけでも天文学的な金額になるでしょうし、そこに一流のジャズミュージシャンの経費や、豪華なディナーの費用が加わるわけですから、現在の基準からすれば想像を絶する贅沢だと想像できるはずです。
 この事が表すものは、 非日常性へのこだわりで有り、参加した者にとっては、それは間違いなく人生で忘れられない、非日常的な体験でした。


*ブランド価値を内外に示すもの このような体験を私達に提供すること自体が、当時の企業の社員への「ご褒美」であり、ブランド価値を内外に示す手段だったのかもしれません。
と言っても、これは、私の勝手な想像ですが、、、、。。。。。。

 またこのような行動は、当時の「お金の力」の具現化を試みる態度です、えっ、でもいったい誰の為に?

*高度経済成長期の哲学
 当時のバブル経済を駆け抜けていった経済界の人達が「お金の力でできると思った」という「幻想」を、このような形で具体的に示していた訳です。
 気持ちよかったでしょう、日本では無く、世界中が見つめている国際都市ニューヨークの中心で、お金があれば、ニューヨークの一流ホテルの最高級スイートを貸し切り、プライベートコンサートを開くことさえ可能だったのです。


*経済的な絶頂期における文化現象
 これは、単なるビジネスの接待を超え、当時の日本の経済的な絶頂期における、一種の文化現象とさえ言えるような出来事だったでしょう。
 私がその場に居合わせ、「すごい」と感じたのは、当然の反応でしょうし、そして、それが現在の厳しい経済状況を知る者から見れば、いかに隔世の感があるかを痛感させられるのでしょう。

しかし今思うことは、『もうあの人たちも死んじゃったか、ヨボヨボのおじいさん達だから、もう何にも言わないわよね。
でも、あれを知ってると、今の悲惨な経済状態がねー!』って、思うのは、私だけでしょうか。

 現代なら、こんな体験ができるのは、Dubai 其れ共、サウジアラビアの石油王国の王様の宮殿?違うのです、子様達は小さい時から王様扱いだから哲学は違ってきます。
 当時の日本の経済成長を身を以て体験した日本人には、きっと達成感があったのでしょう。
しかもその達成感を一人で味合うだけでなく、他人に見せたいという自己承認欲求があった筈です。


*高度経済成長期を駆け抜けた人々の胸の内

 先の戦争では、アメリカに負けたけれど、アメリカ全土が注目するニューヨークのど真ん中のマンハッタンで、摩天楼の中のホテルで、経済的力がなければ絶対に出来ない事をやってみせるのが、勝者の達成感なのです。

でも、彼らにとっては日本経済の今を見なくて、よかったかもしれ無い気がします。

今の日本見たら、きっと空いた口がふさがらないでしょうし 、もうあんな夢物語を、誰も信じてくれないと思うからです。

経済的にyenの強さが地に落ちた感じで、今、yen -us dollar もeuro−yenも逆転してしまってる状態ですから。


これは、私だけのという深い諦念と、現実への厳しい視線でしょうか。
 
彼らは十分に働いたし、アメリカに対するプライドも取り返した。

もしかしたら、アメリカを怒らせるくらい、アメリカ経済をやっつけてしまったかもしれない。

それは劇的な経済状況の逆転と言える状況を作ったはずです。
 それなのに、今の日本経済の現状を見れば誰もが「空いた口がふさがらない」という表現を使ってしまうでしょう。

何故かと聞かれたら、その落差の大きさと、現状への驚きと絶望をひしひしと、感じるからです。

この「夢物語」の終焉は、かつて日本の大企業が体現していたような豪華絢爛な接待、無尽蔵に見えた資金力、そして「日本は何でもできる」という自信は、現在の経済状況下では**完全に「夢物語」**と化してしまった事が示して居るのです。

もはや誰も、そのような時代が再び来ることは、信じて居ないでしょう。
この様に語っても「そんな時代があったのか」と虚しく響くかもしれません。
 
あの頃の 経済的な繁栄は、多くの人々に希望や未来への明るい展望を与えました。

しかし、その夢が終わり、経済が停滞している現状は、特に若い世代にとって、かつての「夢物語」のような華やかさを想像することさえ困難にしています。このような経済の現状での円安は、海外旅行や留学、輸入品の価格にも直結し、かつて享受できた「豊かさ」が失われたことしか実感させません。

そしてこの現実は、まさに世代間の認識ギャップをも浮き彫りにしています。

かつての繁栄を知る世代と、停滞期に育ち、円安を当たり前とする現代の若者とでは、日本経済に対する感覚が全く異なるでしょう。


*諸行無常

しかし、その「夢物語」の時代を直接知る私達が、「今を見なくてよかったかも」とまで言うのは、その時代がいかに特殊で、いかに多くの「illusione(幻想)」に支えられていたかを、改めて突きつけるようにも思います。

私達が経験した栄華の時代と、今の日本の経済状況との対比は、「諸行無常」という言葉の重みを、これ以上ないほどに体現しているのです。


歴史は繰り返す。

イタリア在住
Igarashi Jane 

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