あまり「難しい言葉」を使うなよ、弱く見えるぞ
こんにちは、なつぐれです。
今日もお読みいただいてありがとうございます。
みなさんは文章を読んだとき、書いのがどんな人なのかイメージしながら読んでいますか?
私は結構イメージしてます。速読の観点ではダメと言われている脳内音読をやってしまうタイプで、これがオーディオブックだったらどんな声で読み上げられてるってかなって考えてしまいます。
声質は置いておいて、今回は読み手は文体から書き手の頭のよさをどう測っているのかというお話です。
難しい言葉を使うほど頭が悪く見える!?

私たちって難しい言葉(たとえば専門用語とか横文字とか)を使ったほうが、頭をよく見せられると思いがちじゃないでしょうか。
頭が良いの代名詞ともいえるスタンフォード大学の学生ですらそう思っているらしいです。
例えば、「学術的なエッセイを書く際、文章にアカデミックで知的な印象をあたえるために、わざと複雑な単語を使ったことがありますか?」との質問には、86.4%が「イエス」と解答したのだ。
しかし残念ながら見出しのとおり、実際は難しい言葉を使うほど「頭が悪いヤツが書いた!」と判断されるようです。
詳しい実験の内容は参考文献を読んでもらいたいのですが、同じ内容の文章でも名刺や形容詞を難しいものに置き換えただけで印象は悪化するようです。
論理的と複雑的は違う
論理的とは筋道立っている様であって、ビジネス用語を使いまくることでも、国語辞典でも載っているか怪しいような言葉を使うことではないんですね。
・収斂される→集約される、行き着く
・漸次→徐々に、次第に
・オーソライズ→確認・公認
・プライオリティ→優先(度)
・ASAP→できるだけ早く
とはいえ、難しい言葉そのものに存在意義がないわけではなく、他の言葉で言い換えることが適切でないから使われているという側面はあります。特に横文字は日本語だと一語だと表現できないニュアンスを伝えられるので便利なことも多いです。
最近の例で言えば「忖度」「コンプライアンス」「マイノリティ」あたりがそれに当たると思います。
簡単な言葉の基準は
また、どこまでが簡単な言葉なのかという線引きも難しいです。言葉の受け手によって語彙力は異なりますからね。
私が意識している基準は「高校生でも理解できる程度」でしょうか。ここを超えなければ9割の人には語彙のせいで話が通じないということはないと思います。(真意を読み取ってもらえるかは別)
パソコン・スマホが優秀すぎる弊害

会話なら考える猶予が短いおかげで、パッと出てこない難しい表現をひねり出せる人は少ないと思います。
しかしレポートや資料、記事を書くときだと話が変わってきます。
なんとなく聞いたことがある程度の意味の理解度でも、読みさえ知っていればパソコンやスマホが漢字に変換してくれます。AIに書かせてみても、文章を完成させることに意識が向きすぎて、自分じゃ思いつかない単語をしれっと混ぜられていても気が付かないかもしれません。
また、難しい言葉を使った文を平気で投稿する人が増えたため、「周りだとこのレベルが常識」のように錯覚しそうになります。本当は周りの人も毎回Googleで検索して必死に書いているかもしれませんよ。
このように、テクノロジーが私たちの語彙力に下駄を履かせてくれるようになってしまったため、「読み手にわかりやすい」がどの程度なのか見失っているような気がします。
わかる言葉で話すことは、相手のためにも自分のためにもなる
昔からコミュニケーション術や文章術で「説明に専門用語を使うな!」と言われていますが、これは相手に伝わらないという観点からでした。
それがまさか自分が頭悪いと思われる原因にもなっていたなんてびっくりしました。
「あまり難しい言葉を使うなよ、弱く見えるぞ」ってことですね。
私もビジネス書や心理学に興味を持ち始めた最初期くらいは、学んだばかりの単語をバンバン会話に混ぜていました。今思い返すと恥ずかしいですね。反省です。
相手のためにも、自分のためにも、わかる言葉を使うことを心がけましょう。
