意味ないことをする
小さい頃を振り返ると、無我夢中で生きていたなと思います。
何かをやる理由なんて考えなかったし、うまくいくかどうかも気にしてなくて、ただ目の前の好きなことに夢中だったなと。
大人になってからはその感覚がほぼなくなったなと感じます。何かを始める前に必ず「これは正しい選択なのか」「これをやって何になるのか」という問いが先に立っちゃうので。
要は自分の行動に矢印が向きすぎているんですね。うまくやれてるのかって自分のことばかり気にしすぎなんです。
なので、効率とか意味とか評価とか、そういうのは全部いったん置いといて、ただ好奇心のままに手を動かしてみる時間があってもいいはずだなと思いました。
今の自分にとって、それに一番近いのはnoteに思ったことを書くことです。
僕は書き始めは、文脈がむちゃくちゃな文章をとりあえずいっぱい書きます。その時間だけは、うまく書けているかどうかより書くこと自体に没頭できている気がします。そして楽しいです。
だからnote以外にも、そういう時間を持てる何かがあればいいなと思いました。
そこで思い出したのが、小学生の頃に好きだった絵を描くことです。
今も描くこと自体はそれなりに好きではありますが、思った通りの絵を描けない自分が嫌になってからは描いてません。
小さい頃は上手い下手なんてよく分かっていなかったので、ただ好きで描いていました。その純度をもう一度取り戻せたら、と思っています。
なので、何を描くかも決めずに、目の前にあるものとかパッと思いつくものを適当に描いて、飽きたらやめる、みたいなことをたまにはしようかなと。完成させることも上手く描くことも目指さずです。
大人になると、何をするにも意味や成果を求めてしまいがちですよね。
まあそれも超大事なんですが、意味を問わない時間を確保することにも意味があるのかなと思います。(矛盾)
そうすることで自分に向きがちな矢印が外に向きやすくなるのかなと思ってます。
結論、無我夢中だった頃を取り戻すことはできないですが、その感覚に近づく時間を作ってみようかなと思いました。
ではまた。
