5才からはじめるプリンセス入門⑤|第四章 初対面、当日
朝です。
運命の日、と言いたいところですが、5才のあなたにとっては、ただの朝です。
パンケーキは、いつもどおり出ます。
小鳥は、いつもどおり絶叫しています(第二章を参照)。
イチゴは、いつもどおり、のっています。
違うのは、ドレスが、選べないということだけです。
ドレスの色。
さて、ドレスの色の話を、ここでやっと、します。
この本を読んでいる5才のあなたは、きっとこう思っているでしょう。
「わたしは、ピンクのドレスが着たい」
却下です。
5才のあなたの意見は、この日に限り、一切、採用されません。
なぜか。
政略結婚の初対面における衣装というのは、あなたのためのものではなく、国のためのものだからです。
ピンク → 「こちらは親しみやすい、と言っておきたい国」のメッセージ
白 → 「こちらは清廉である、と見せたい国」のメッセージ
青 → 「こちらは落ち着いている、と印象づけたい国」のメッセージ
赤 → 「こちらはちょっと強気でいく、と宣言したい国」のメッセージ
黒 → 「こちらはもう終わっている(喪中)、と察してほしい国」のメッセージ
つまり、ドレスの色は、国の外交方針です。
5才のあなたが何色が好きかは、関係ありません。
それを、5才のうちに受け入れられると、あとが楽です。
(ちなみに、この本を読んでいる32才のあなた。
大人になると、結婚式でも面接でもプレゼンでも、似たようなことが起きます。
「自分の着たい服」と「場が要求する服」が、別物になる瞬間が、かならず来ます。
そのとき、「自分らしくない」と悩むのは、時間の無駄です。
場の要求に応じた衣装を着ながら、中身で自分でいる。
これが、大人のプリンセスです。
5才のうちに練習しておくと、32才で泣かずにすみます。)
最初の一言。
さて、ドレスを着せられ、髪を結われ、靴をはかされ、馬車に乗せられ、敵国(比喩です、たぶん)の応接室に連れていかれます。
向こうにも、6才の男の子が、似たような目にあっています。
向こうも、ピーマンを食べさせられた直後かもしれません。
二人とも、被害者です。
ここで、大人たちが、言います。
「さあ、ご挨拶をしてね」
……。
人生最大の「さあ」、です。
ここで、5才のプリンセスが選ぶべき、最初の一言。
候補を、並べます。
候補①:「はじめまして」 安全牌。教科書どおり。
だが、何も始まらない。
候補②:「どうぞよろしくお願いいたします」 完璧な敬語。
だが、大人が書いた台本を読んでるだけ、とバレる。
候補③:「……」 だまる。これ、意外と強い。
けど、5才がやると、ただの緊張した子に見える。
候補④:「ピーマン、きらい?」 正解です。
……え?と、思いましたね。
正解です。
ピーマンは、第二章で集めた情報です。
「婚約者はピーマンが食べられない」。
この情報を、初対面の最初の一言で投下すると、何が起きるか。
相手は、驚きます。
「なんでこの子、知ってるんだ?」
ここで、相手の脳内シミュレーションが、一瞬、止まります。
止まった瞬間、
相手はあなたを『情報を持っている存在』として認識します。
つまり、「ただの5才じゃない」と、気づく。
第一印象、完了。
ただし、注意点があります。
にっこり笑って、言うこと。
「ピーマン、きらい?」を、真顔で言うと、脅しになります。
にっこり、天使のように、無邪気な顔で、小首をかしげて、言います。
「ピーマン、きらい?」
相手は混乱します。
情報を握っているのに、天使の顔をしている5才が、目の前にいます。
これ、大人でも、対処方法がありません。
「だまって微笑む」の本当の意味
さて、相手が混乱した、その後です。
ここからが、本番です。
相手は、何か言おうとします。
「え、あの、どうして……」 「ぼく、ピーマンは、あの……」
ここで、5才のあなたは、何もしません。
だまって、微笑みます。
これが、「だまって微笑む」の本当の意味です。
誤解されがちなので、はっきり書きます。
「だまって微笑む」は、おしとやかに黙ることではありません。
相手が、自分で、しゃべり出すのを、待つことです。
人間は、沈黙に耐えられません。
とくに、6才の王子は、絶対に、しゃべり出します。
しゃべり出したら、それは情報です。
第二章で集めた情報と、照合できます。
犬を3匹飼っていると聞いていたが、本人は「2匹」と言う → 1匹、最近死んだ?
乗馬が下手と聞いていたが、本人は「まあまあ」と言う → プライドが高い
ピーマンきらい、と聞いていたが、本人は「今は食べられる」と言う → 見栄を張る子
全部、情報です。
つまり、「だまって微笑む」とは、
相手に、勝手に自己紹介させる技術
です。
5才のあなたは、ただ微笑んでいるだけ。
相手は、勝手に、自分の情報をしゃべる。
圧、ゼロ。 情報、マックス。
これが、プリンセスの基本戦略です。
(ちなみに、この本を読んでいる41才で部長に昇進したあなた。
部下との1on1で、同じことが使えます。
あなたが黙っていると、部下は勝手にしゃべります。
しゃべった内容が、部下の本音です。
41才は、5才から学べます。真面目に。)
終わりに、ひとつだけ
第四章、最後に、大事なことを書いておきます。
初対面で、すべてを完璧にやる必要は、ありません。
ドレスが似合わなかった → OK
最初の一言、噛んだ → OK
微笑もうとして、顔がひきつった → OK
なぜなら、初対面は、あと何十回もあるからです。
政略結婚で決まった相手とは、この先、数十年、顔を合わせます。
長期戦です。
初日に完璧を狙って、緊張しきって、相手を観察できない方が、損です。
だから、初日は、7割で、いい。
残り3割は、「あの子、ちょっと隙があってかわいい」と、相手に油断してもらうための余白です。
5才で、意図的に隙を作る。
ええ、高度です。
でも、プリンセスは、5才からやるのです。
さて、次の章では、いよいよ「日常編」です。
初対面が終わって、婚約が正式に決まって、相手の国に住みに行くことになります。
持っていく荷物、 現地での身の振り方、 お目付役(おめつけやく)のかわし方、
などについて、見ていきます。
今日のところは、ここまで。
イチゴ、ちゃんと食べましたか?
え、今日はピーマンが出た?
……困りましたね。
でも、大丈夫です。
プリンセスは、嫌いな野菜も、笑顔で食べる練習をしておきます。
なぜか。
将来、婚約者の国のよくわからない料理を、笑顔で食べないといけない日が、絶対に、来るからです。
ピーマンは、その予行演習です。
……そう思うと、ピーマン、ちょっとだけ、食べやすくなりませんか?
なりませんか。
そうですか。
では、次の章で、会いましょう。

